明治から現在にいたるまで、世田谷には多くの詩歌人たちが好んで住み、この地を舞台に数多くの作品を生み出してきました。
詩人であり歌人の北原白秋は若林、砧、成城など転居を繰り返しながら作品を書き続け、晩年の創作の筆を世田谷の地で執りました。同じく詩人の萩原朔太郎も、代田に自ら新居を設計して終の棲家とし、下北沢での不思議な体験をもとに『猫町』を書きました。また、俳人の中村草田男、加藤楸邨はそれぞれ北沢、代沢に住み、人間の内面を詠みこむ「人間探求派」として俳壇に新しい風を吹き込み、中村汀女は女性ならではの濃やかな感性で、生活の中にある様々な風景を詠みつづけました。
これら詩歌人たちの作品には、世田谷の風土や季節の移り変わりへのまなざしが描かれ、それぞれの日常の中にある人間の営みが真摯に歌われています。
評論家の山本健吉(明治40/1907年~昭和63/1988年)も長く経堂に居を構え、古典から現代にいたるまでの文学作品を中心に日本文化全域にわたる評論を展開し、『私小説作家論』『芭蕉-その鑑賞と批評-』『古典と現代文学』など多くの著作を残しました。その中でも短歌・俳句を中心とした詩歌評論へ特に情熱を傾け、この短詩型文学の中にある伝統的な美しさと日本人の精神文化の源流を探求し続けたのです。その評論は、分かり易い文章と文学作品に対する愛情豊かな内容であり、山本健吉は多くの読者を魅了する名随筆家でもありました。
本年度のコレクション展後期では詩歌を一つのテーマとして、世田谷で生まれた詩歌とその作家たち、詩歌をはじめ日本文学の魅力と真価を問い続けてきた山本健吉の生涯とその業績を、当館のコレクションを中心にしてご紹介いたします。
また、正岡子規が佐藤紅緑へ宛てた書簡など、新たに寄贈を受けた佐藤紅緑関連資料も展示いたします。