立原翠軒(すいけん)が彰考館を辞して隠居し,「翠軒」と号して今年で210年。また,歿後190年にあたります。水戸藩の学芸に大きな影響を与えた立原翠軒と,文人画家として水戸や江戸で活躍した子の杏所(きょうしょ),孫の春沙(しゅんしゃ)。江戸後期の水戸藩の文人文化を,当館収蔵の3人の書画作品や資料を通して紹介します。
立原翠軒は「大日本史」を編纂する彰考館で長く編修にあたり,総裁になった学者です。18年間,総裁を勤めた後に辞職,隠退し「翠軒」と号しました。今年は 翠軒と号して210年,そして歿後190年にあたります。翠軒は学者ながら芸術文化や感受性を尊ぶ徂徠学の影響を受け,詩文や書,七弦琴をたしなみ,水戸藩の学問と芸術文化を興隆させたといわれています。
翠軒の子杏所は画の素養に長け,藩士として忠勤に励むかたわらで父や周囲の人々の影響を受け,特に南画家として,あるいは書家や篆刻家として水戸や江戸の文人サークルで活躍していきます。杏所の長女春沙は,父の薫陶を受け,十代半ばからは父の盟友渡辺崋山の門に入り女流画家として頭角を現します。加賀・前田侯正室の侍女として仕えるまでの10年余り活躍しました。藩士や侍女という政治的な支配層の中に身を置きつつ,趣味と文雅の世界にも生きた「日本的」文人の世界を,「翠軒・杏所・春沙」の三代が遺した作品でわかりやすく浮き彫りにするとともに,水戸で19世紀の前半に花開いた芸術文化史のひとこまを書と絵画の側面からひもといていきたいと思います。
今回の展示では杏所と春沙の南画作品はもとより,唐様(中国の書)から学んだ独特の美しい書体を,手本として水戸で出版された法帖(ほうじょう)と翠軒やその周囲の人々の書作品によって,書の世界の魅力にも触れていただけるような機会にしたいと思います。