信長からの手紙は大名家や寺社にも伝わりますが、細川家には59通も伝来。これほどまとまって伝来しているのは、全国でも
永青文庫の細川家文書だけです。
展示は2月10日(火)から後期に入りましたが、まだまだ見どころいっぱい。まずご紹介するのは《織田信長黒印状(長篠合戦直前の情勢報告)》です。
1575(天正3)年5月20日、長篠で宿敵の武田軍を前にした信長が、後方で支援していた藤孝に書いた書状。合戦直前の情勢報告として「敵は生け捕りになったも同然」と豪語。武田家を「根切」つまり根絶やしにするのは目前だと、武田に対しての激しい恨みをぶつけています。信長からの文書ですので、文末にはもちろん「天下布武」の印判があります。
「根切眼前候」の文字がくっきり信長からの書状は政治や戦いに関するものが多てのはもちろんですが、中には贈り物へのお礼状もあります。
細川藤孝・忠興父子から信長へは、たびたび贈り物が届けられていたようで、文書には衣替えにあわせた「帷(かたびら:夏の麻の着物)」、高級食材の「淀の鯉」などの記述が見られます。武芸だけでなく、当代随一の文化人でもあった藤孝と信長の絆を垣間見る事ができます。
藤孝からは淀の鯉などを献上、逆に信長からは鯨の肉が「おすそ分け」されたりしていますこちらは、秀吉からの手紙。起請文(自らの主張や約束に偽りが無い事を神仏に誓う文書)で、細川父子を称賛しています。
明智光秀とは親戚ながらも、本能寺の変の後に光秀側につかなかった藤孝。秀吉は、その比類なき覚悟を頼もしく思った、と記しています。
「無比類」などの文字が見えます「信長からの手紙」展は3階での開催ですが、いつもと同様に4階と2階でも常設展が実施中。特に甲冑や大型の屏風などが展示されている4階は、迫力たっぷりです。
中央に鎮座している《石造如来坐像》も、実は重要文化財。白大理石の一材から本体と台座を彫出した、唐時代の名品です。お見逃しなく。
4階の展示天下取りへの厳しい戦いが迫ってくるような書状の数々。取材に伺ったのは平日ですが、開館直後からファンの方が熱心に鑑賞していた姿が印象的でした。ちょっと気になる「天下布武」の黒印と朱印の使い分けについても、展示室で解説されています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2015年2月10日 ] |  | 織田信長
神田 千里 (著) 筑摩書房 ¥ 864 |