モーダーゾーン=ベッカーは、ドレスデンに生まれ、ロンドンとベルリンで絵画を学びました。その後、北ドイツの都市ブレーメンの北東20キロに位置する小村ヴォルプスヴェーデに形成されていた芸術家たちのコロニーへと移住し、そこで制作を行ったことから、いわゆるこのヴォルプスヴェーデ芸術家村を代表する画家の一人として知られています。
当時ヨーロッパ各地に生まれた芸術家村は、19世紀の急速な技術革新や都市化に疲弊した近代人にとって、ふたたび根源的な生の営みを求めて自然へと回帰し、創造を鼓舞する生活と芸術との融合をめざす、そのようなユートピア的思想を背景とする共同体的な場でした。泥炭地の掘削によって貧しいながらも素朴な人間性を失わずに生きる人々が暮らし、手つかずの自然の残る北方の地ヴォルプスヴェーデは、まさにそのような場として画家フリッツ・マッケンゼン(1866-1953)、ハンス・アム・エンデ(1864-1918)、オットー・モーダーゾーン(1865-1943)らによって発見されます。彼らの移住を機に、まもなく画家フリッツ・オーヴァーベック(1869-1909)、ハインリヒ・フォーゲラー(1872-1942)、詩人ライナー・マリア・リルケ(1875-1926)などさまざまな芸術家や詩人らもこの地を訪れ、ヴォルプスヴェーデは近代ドイツにおけるもっとも重要な芸術家村の一つとなります。
21歳ではじめてこの芸術家村を訪れたモーダーゾーン=ベッカーは、マッケンゼンに絵画の指導を受け、彼らと親しく交友し、身近な自然やそこに暮らす素朴な人々を数多く描いています。そしてまもなくヴォルプスヴェーデの自然から、それとは対極の大都市パリへとさらなる一歩を踏み出し、新しい芸術の息吹を吸収し、独自の画風を探求したモーダーゾーン=ベッカーの芸術は、ドイツ近代美術史において稀有な光彩を放っています。
本展覧会は、そうした彼女の画業の全貌を、画家ゆかりのコレクションの協力を得て紹介するものです。生涯を辿って画業を跡づけるとともに、ヴォルプスヴェーデの風土、ならびにそこでの芸術家たちの交友についても関連作家の作品によって見てまいります。
パウラ・モーダーゾーン=ベッカーについては、油性テンペラを主として用いて描かれた絵画45点、パステル、素描74点(パステル、水彩を含む。なお、作品保護のため会期途中〔2月24日以降〕展示替えがあります)、版画7点。その他のヴォルプスヴェーデ ヨ係の画家・彫刻家については、絵画12点(1点はパウラ・モーダーゾーン=ベッカーも参加している共同制作作品です)、素描8点、彫刻3点、版画集3点、写真資料、その他参考資料が展示されます。全体で、絵画57点、素描82点、版画43点(版画集作品を含む)、彫刻3点、その他となります。
これだけの数のパウラ・モーダーゾーン=ベッカー作品と、同時代の作品、総数185点が日本で一堂に会する機会は、いままでなく、おそらくこれからもないものと思われます。ぜひともご高覧ください。