府中市美術館の恒例企画である、春の江戸絵画まつり。今回は「へそまがり」がキーワードです。
狩野派や琳派などの「真っ当」な日本美術に対し、美しくも、立派でも、巧みでも無いにもかかわらず、なぜか心が惹かれてしまう感覚を「へそまがり」として捉え、それらの作品に正面から向き合っていく試みです。
出品作品は江戸時代の絵画を中心に洋画やマンガも含めて、前後期あわせて138点(前期・後期それぞれ約85点)。かなりの作品ボリュームで、見応えたっぷりです。
冒頭は禅画から。一般の人には分からない問答を「禅問答」というように、常識が通じない世界こそ、禅の境地。白隠や仙厓などの禅画は、描き方も型破りです。理解できない絵画の向こうに、別の世界を示しているようです。
「へそまがり」を理解しやすくするために、正統な絵と、へそまがりな絵の比較展示もあります。円山応挙と、文人画家・岡田米山人の《寿老人図》が並びますが、いかにも徳がありそうな応挙に比べて、米山人はスケベジジイのよう。対照的な、福徳の神様です。
「正統な美術を否定する」という点では、南画も該当します。職業画ではなく、エリート知識人=文人の教養として描かれた中国の南宗画に由来する、日本の南画。絵画の技法を求めない表現が好まれました。
文人階級が無い日本の南画は、職業画家が描いているので、「職業画ではないような絵を、職業画家が描く」というのも、かなり「へそまがり」です。
精密な鶏の描写で大人気の伊藤若冲が、あえてゆるく描いたのが伏見人形。人形の素朴さを強調するため、あえて形を崩しています。稚拙なものを愛する心は大正時代にも流行し、ルソーの素朴な作品は、日本の美術家・三岸好太郎らに強い影響を与えています。
展覧会で最も注目されるのが、将軍の絵です。浮世絵の鳥文斎栄之や、秋田蘭画の佐竹曙山など、江戸時代には絵の才能にも秀でた武士がいましたが、徳川家光・家綱は対極的。特に家綱の鶏はひどく、手本を写したとも、写生したとも思えず、「家綱風」としかいえません。
展覧会の最後は萬鉄五郎。重要文化財に指定さていれる作品がある近代美術の巨匠も「へそまがり」な作品があります。新たな時代を象徴する電飾看板を表現したかったのは分かりますが、派手に描いた文字は「仁丹」。意図的ではなくとも、紛れもなく「へそまがり」作品です。
一般書籍として発売されている正方形の図録は縦横17.4センチと、本棚にやさしいコンパクトサイズ。親しみやすい文章で、楽しく見どころが解説されています。
展覧会は前後期で大幅に展示替え。後期展にも注目作品が多数出品されますが、観覧券には2度目が半額になる割引券付き。ぜひ、前後期ともお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年3月26日 ]