1,500点以上の浮世絵を蒐集してオーバリン大学に寄贈した、メアリー・エインズワース(1867-1950)。明治39年(1906)の日本旅行で目にした浮世絵に魅了された事が、蒐集のきっかけです。
オーバリン大学の卒業生だった彼女は、亡くなった時にコレクションを同大学に寄贈。貴重な作品も含まれますが、これまで米国でも大規模な展覧会が行われたことがありませんでした。
本展は、選りすぐりの200点を紹介する里帰り展。エインズワースが浮世絵に注いだ情熱を、5章構成で振り返ります。
1章は「浮世絵の黎明 墨摺絵からの展開」。エインズワースが最初に購入した浮世絵は、石川豊信《 傘と提灯を持つ佐野川市松》。墨摺絵に筆で紅の彩色を施した「紅絵」で、浮世絵の初期作品です。
多くの浮世絵コレクターが派手な錦絵を好む中、エインズワースはこの作品の素朴さと力強さに惹かれたのでしょうか。浮世絵蒐集のきっかけとしては、珍しいパターンです。
2章は「色彩を求めて 紅摺絵から錦絵の時代へ」。浮世絵の技術は進歩し、寛保・延享期(1741-48)には「紅摺絵」が登場。明和期(1764-72)になると、フルカラーの「錦絵」が誕生します。
この時代の第一人者が、鈴木春信です。中性的な美人や若衆で人気を博し、急逝した後も「春信風の美人」は多くの絵師に模倣されました。
3章は「錦絵の興隆 黄金期の華 清長から歌麿へ」。当初は高級品だった錦絵も、徐々に大衆まで拡大。天明~寛政期(1781-1801)は、数々の絵師が腕を競う、浮世絵黄金時代といえます。
美人画では鳥居清長や、次世代の喜多川歌麿、鳥文斎栄之。役者絵は勝川派や、歌川豊国、歌川国政など。現在では評価が高い東洲斎写楽は、当時は人気が低かったので、活動は短期間でした。
4章は「風景画時代の到来 北斎と国芳」。風景画の存在感が高まったのは、葛飾北斎『冨嶽三十六景』シリーズから。エインズワースも北斎の良品を蒐集しており、初期に名乗っていた「春朗」時代の作品を4点も持っている事も特筆されます。
5章は「エインズワースの愛した広重」。エインズワースのコレクションのほぼ半分を占めるのが、歌川広重です。
広重には、意図的に版や摺を変えた作品がしばしばあります。本展でも、ゴッホが模写した事で有名な「大はしあたけの夕立」などで、複数の作品を展示。かなり印象が異なる事が実感できます。
コレクターの趣味や嗜好が反映される事が多い個人コレクションですが、エインズワースの浮世絵は実に網羅的。初期から幕末まで幅広く、しかもポイントになる絵師をきちっと抑えているので、まるで浮世絵の教科書のような展覧会です。
初期浮世絵の中には、このコレクションでしか確認できない作品や、横に複数つなげた続物(つづきもの)も多いので、見ごたえたっぷり(歌麿の7枚続も!)。
日本では初めての公開となるため、浮世絵の展覧会としては珍しく展示替えもありません。
巡回展で、千葉市美術館からスタート。次いで静岡市美術館(6/8~7/28)、大阪市立美術館(8/10~9/29)に巡回します。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年4月16日 ]