2025年は、1925年にパリで開催された「パリ装飾芸術博覧会(通称:アール・デコ博覧会)」から100年の節目。20世紀初頭に世界を席巻した装飾様式「アール・デコ」と、それを反映した「モード(流行の服飾)」をテーマにした展覧会が、三菱一号館美術館で開催されています。
パリの名だたるメゾンによるドレスや小物をはじめ、絵画や工芸作品も展示。1920年代に花開いたデザインとファッションの関係を多角的に紹介しています。

三菱一号館美術館「アール・デコとモード」会場入口
第一次世界大戦が終結した1920年代のフランスでは、都市の消費文化が大きく発展。アール・デコの装飾様式は、女性のライフスタイルにも変化をもたらしました。
より活動的な女性たちにふさわしい現代的な装いが求められ、衣服は簡潔なシルエットへと変化。昼と夜、スポーツといったシーンに合わせた機能的な装いが整えられました。

プロローグ「アール・デコ ― 現代モードの萌芽」
19世紀末から流行したアール・ヌーヴォーが曲線的な装飾美を特徴としていたのに対し、アール・デコ期には直線的で構築的なスタイルが登場します。その変化を牽引したのがポール・ポワレやガブリエル・シャネルといったクチュリエ(服飾デザイナー)たちでした。
コルセットに代わってブラジャーが普及し、膝下丈のスカートに合わせた絹のストッキングが流行。芸術家たちも新しい身体観を作品に取り入れていきます。

第1章「モードの変化と新しい身体観」
1925年にパリで開催された「現代産業装飾芸術国際博覧会(アール・デコ博覧会)」は、22か国が参加する一大イベントとなりました。「建築」「家具」「服飾」「舞台芸術・庭園・街路芸術」「教育」の5つの分類で、伝統技術と現代性の融合を提唱。特に「服飾」部門は注目を集め、フランスはモードを国家産業として推進していきました。
クチュリエは芸術家による新しいデザインを積極的に採用し、芸術家もまた服飾の創作に参加します。ラウル・デュフィが生み出した鮮やかなテキスタイルや、ソニア・ドローネーによる大胆な色彩構成は、その代表例です。

第2章「アール・デコ博覧会とモード、芸術家との協働」
アール・デコ期には、女性のクチュリエも活躍しました。ガブリエル・シャネル、ジャンヌ・ランバン、マドレーヌ・ヴィオネらは、いずれも時代を象徴する存在です。
シャネルは男性服の要素を女性服に取り入れ、シンプルで洗練されたスタイルを確立。ランバンは帽子店開店ののち、娘のための服づくりが注目され、母娘のペア服やスポーツ・インテリア部門へと事業を拡大しました。ヴィオネは、コルセットを廃した自由なドレスを制作。バイアスカットを用いた服作りは、今もモード史に残る重要な技術です。

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」 ガブリエル・シャネル

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」 ジャンヌ・ランバン

第3章「オートクチュール全盛期の女性クチュリエたち」 マドレーヌ・ヴィオネ
19世紀後半、帝国主義と博覧会の隆盛により、パリには世界各地の珍しい素材や製品が集まりました。百貨店を彩った動物の毛皮や羽根、象牙、宝石、漆器、染織品などは、アール・デコ期になると独自のデザインへと発展します。
なかでも日本の漆芸は注目を集め、その艶や蒔絵の輝きは、モードの世界にも新たな刺激を与えました。

第4章「異国趣味とその素材」
交通手段が発達すると、女性たちは鉄道や自動車で自由に外出を楽しむようになります。帽子やバッグなどの小物は軽量化され、ショートカットの髪型に似合うシンプルな形が好まれました。
腕時計や化粧道具も携帯性が重視され、装飾と機能を兼ね備えたデザインが登場。アクセサリーにも真珠や半貴石に加え、プラスチックなどの新素材が使われるようになりました。

第5章「アクティブな女性たち」
アール・デコ博覧会では、マネキンの造形にも革新が見られました。抽象化されたフォルムが登場し、当時の絵画や写真にも新しい身体観が表れます。
また、スポーツの流行もモードを変化させました。自由で自立した「ギャルソンヌ(少年のような娘)」たちは、スポーティーなスタイルを楽しみました。

第6章「新しい身体表現とスポーツ」
1930年代にいったん終焉を迎えたアール・デコですが、パリ装飾芸術美術館での「Les années ’25」展(1966年)を機に再び注目が集まり、アール・デコの呼称も定着しました。
その後も、ミニマルアートやポップアートとの親和性の中で再び脚光を浴び、現代のデザイナーたちにも影響を与えています。アール・デコのモードがもつ現代性と美意識は、100年を経た今も私たちを魅了し続けています。

エピローグ「受け継がれるアール・デコのモード」
アール・デコが生み出した華やかな造形美と、そこに息づく「新しい女性像」の誕生をあらためて感じることができる展覧会。モードと芸術が響き合い、時代を超えて受け継がれる創造のエネルギーを、会場で体感してください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年10月10日 ]