現在でも出産は母子にとって大変な営みですが、中世においてはなおさら。そのためもあり、出産の場では祈祷やまじないが数多く行われました。
平安時代に皇后や中宮が出産する際には、産所の空間を白で統一。清浄さを保つとともに、魔を除く想いも込められています。以後も〈白〉は、人々の営みや信仰とも結びつきながら、人生のさまざまなシーンで用いられてきました。
会場入口から展覧会メインビジュアルの「白絵屏風」は、江戸時代後期の作例です。平安時代の産所で用いられた白い綾絹貼りの「白綾屏風」が、南北朝時代以降に白地に白い絵を描いた「白絵屏風」に変化したものです。
本品は六曲一双に鶴と亀、松や竹を描いた吉祥の絵柄。現在は地の紙が薄茶色に変色したため図柄が見やすくなっていますが、当初は真っ白い下地に描かれた、まさに「白絵」でした。
白綾屏風も白絵屏風も、出産時に使った後は棄却されるのが常。そのため現存例は殆ど無く、わずかに白絵屏風が2点伝わるのみです。うち1点は状態に難があるため、鑑賞できるものはほぼ本品のみとなります。
《白絵屏風》伝原在中筆 京都府立総合資料館蔵(京都文化博物館管理)繊細な資料が多いこともあり、細かな展示替えが行われる本展。取材前日の11月1日(土)からは、滋賀・聖衆来迎寺が所蔵する国宝《六道絵 人道不浄相》も展示が始まりました。
全15幅からなる六道絵のうちの1幅で、朽ちゆく死屍を九段階で描く「九相観」に基づいて描いた作品。画面上部の亡くなったばかりの「新死相」では、遺骸の上に銀泥で松笹文様を描いた白い袿(うちき)が掛けられており、葬送にも白のイメージは連なっています。
国宝《六道絵 人道不浄相》聖衆来迎寺蔵現在でも白無垢の花嫁衣装があるように、白は婚礼でも用いられました。
阿波蜂須賀家伝来と伝わる《白絵松竹鶴亀図洗張道具》。洗張(あらいはり)道具は着物を洗濯する際の道具で、江戸時代には重要な婚礼調度でした。本品は儀礼用に調えられたもので、用具を麻紐で結んだ上から白い胡粉で文様を描写。道具箱にも鶴や松が白で描かれています
《白絵松竹鶴亀図洗張道具》文化学園服飾博物館蔵会場では「天児」(あまがつ:出産前に調えられた人形で、新しい着物は天児に着せて災厄を移した後に子に着せた)、「犬筥」(いぬばこ:雌雄一対の犬形人形。内部に守り札を入れて幼児の枕元に置いた)なども紹介。民俗学の分野にも切り込んだ重厚な構成は、博物館で開催される美術展ならではです。
この項でのご紹介が遅くなってしまいました。会期末まであまり時間がありませんので、お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2014年11月2日 ] | | 日本美術史
山下裕二 (監修), 高岸輝 (監修) 美術出版社 ¥ 2,940 |