20世紀後半のドイツ美術は、第二次世界大戦の敗北によって空白期を余儀なくされたものの、やがて、アメリカ現代美術の隆盛に刺激を受け、各地の美術学校の復興ともあいまって新しい才能が次々に出現します。そこでは、祖国が東西二国に分断されたという特殊な事情を色濃く反映し、国家、民族、歴史、社会性といったものが大きく取り上げられ、社会彫刻という考え方を打ち出したヨゼフ・ボイスのような特異な芸術家が脚光を浴びることともなりました。そして、70年代後半には、ニューウェイブ(ニューペインティング、新表現主義)の国際的な潮流の下にキーファー、バゼリッツなどのスター画家が登場して、ドイツ美術界はふたたび世界文化の一翼を担うことになります。
その一方で、国際的な流行からは距離を保ち、ロマン主義の流れを汲むドイツ的感性が、その地域性の中で脈々と受け継がれていったことも確かであり、ホルスト・ヤンセンは、後者の代表的画家といえます。
1929年、(自叙年譜によれば)母親の旅行中にハンブルクに生まれたヤンセンは、生涯の大半をこの自由ハンザ都市の港町に過ごします。1960年代に版画家として注目を集め、1968年、ヴェネツィア・ビエンナーレで版画大賞を受賞、その後も版画のみならず色鉛筆、水彩、パステルなどによる作品を数多く生み出します。北斎、歌麿などの浮世絵にも影響を受け、日本美術にも多大な関心を示しました。
ドイツロマン主義絵画の潮流に根ざしながら、葛飾北斎を師と仰いだヤンセンの絵画世界は、戦後ヨーロッパ具象絵画の中で独特のスタイルを確立し、高い評価を得ています。
本展は、ホルスト・ヤンセンの全版画作品を所蔵するハンブルク美術館(Hamburg Kunsthalle)ならびにオリジナル絵画作品の個人所蔵家の全面的な協力のもとに、画家ヤンセンの生涯にわたる創作活動を広範にとらえなおし、ドイツ的なものとはなにかを探りながら、画家の全体像を展観するものです。また、北斎などの日本の浮世絵画家に強い影響を受けたヤンセンの画業が、参考出品の「北斎漫画」などを通して紹介されます。