伊東豊雄は人間の身体と自然を発想の元にしながら、その発想をコンピューター・テクノロジーに応用して、新しい構造をもった建築をつくりだしています。伊東の近年の建築は、私たちを日常的な身体感覚とは異なる体験へと誘うような構造をもち、国内はもとより国際的にも極めて高い評価を受けています。
本展覧会では、2001 年に完成した《せんだいメディアテーク》から、現在進行中の《台中メトロポリタン・オペラハウス》にいたる9 つのプロジェクトを中心に、伊東の建築思想とその実践を具体的に紹介しています。それらに共通する「エマージング・グリッド(生成する格子)」という考え方は、伊東の建築思想の核となるものです。一般に均質な四角い格子を単位にして組み立てられている建築に対し、人間の柔らかい感覚に合致するようにグリッド(格子)を曲線的に柔軟に変化させていくことを意味していますが、それは建築の構造を自然に近づけることでもあります。
さらに近年、伊東は物質(もの)の力に注目しています。人間のもつ豊かな感覚を取り戻すことを目指してあらためて物質と人間との関係を問い直し、展示には、実際に建築で用いられている素材やスケールを提示し、鑑賞者に「リアル」とは何かを問うています。
現代社会に生き、現代を呼吸する伊東豊雄の近年の仕事は、鑑賞者に不思議な空間をもたらし、建築についての驚きと楽しみを送り届けてくれることでしょう。
今回、神奈川県立近代美術館 葉山で開催される展覧会は、東京、仙台に続いて開かれる巡回展ですが、先行する展示から大きく発展しています。展示は3 つのスペースで構成されています。Space A では、《せんだいメディアテーク》から《台中オペラハウス》につながる「エマージング・グリッド」の展開をスケッチやスタディ模型でくわしく紹介します。Space B では《せんだい》以降の6つのプロジェクトの大型模型を曲面床に配置し、空間の変化を実際に身体を通して体験してもらうスペースです。またSpace C では、この35年にわたる伊東豊雄建築設計事務所の活動を紹介します。
展覧会全体の基本的なコンセプトはそのままに、しかし一方で今現在進行している建築の状況に応じて展覧会の内容を進化させました。《多摩美術大学新図書館》は、建築工事が進みこの春、竣工を迎えて、前会場での紹介よりも実際の姿を整えてきました。葉山館での展示は、そうした状況の進 Wをふまえ、また伊東豊雄の建築思想をより深く紹介するために、《多摩美術大学新図書館》の現在の姿やポンピドゥー・センター所蔵の《せんだいメディアテーク》の模型、あるいは建築家の思考を具体化するプロセスを明かすスケッチやスタディ模型などを新たに加え、発想の核をより多彩に紹介いたします。
生きている建築家、つねに思想を展開している建築家をそのまま示すように、選考する二会場とは、すっかり様子を変えた本展で、伊藤豊雄に導かれ来館者の皆様はまた新たな建築体験をなさることを期待いたします。