神戸の六甲山を舞台にした「神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond」(以下、RMA)、前編に続き紹介します。
ミュージアムエリア(六甲高山植物園)
このエリアには、中村萌、遠山之寛、studio SHOKO NARITA、風の環、ヘルマン・ファン・デン・マウイセンベルグ、鍵井靖章、Winter/Hoerbelt(ヴィンター/ホルベルト)、池ヶ谷陸+林浩平+上條悠の作品があります。
中村萌の作品は、どれもふっくらとして優しい表情をしています。聞くところによると、作家本人をイメージしているそうです。作品の材料にクスノキを使用しているので、展示室に入るとさわやかな香りがします。両手を広げた立体作品の後ろ側の壁面に、よく似た絵がかかっています。絵の方は、平らな台の上ではなく、山の頂上に立っています。ひな鳥が羽ばたきの練習をしている様子を連想させ、かわいらしいです。

中村萌 《Silent Journey》
ヘルマン・ファン・デン・マウイセンベルグの作品は、音のインスタレーションです。六甲山で採取した風や鳥などの自然の音をデジタル・アルゴリズムで処理しています。会場で鳥の鳴き声が聴こえても、それは生命のある鳥の声なのか、木の上に掛けられたスピーカーから流れるデジタルの音なのか、区別がつきません。聞こえてくる音に集中していると、次第に自然の音とデジタルの音が混然となり、調和がとれた響きに聞こえてきます。

ヘルマン・ファン・デン・マウイセンベルグ 《Phonic Movements》
六甲ガーデンテラスエリア
このエリアには、川原克己、白水ロコ、西野達の作品があります。
会場各所に、このような案内板が立てられています。距離感や方向感を確かめるため、折々に見ておきましょう。

会場マップ
白水ロコの作品は、大きな木彫のペガサス像です。人間の上半身と馬の下半身を持ち、水色のうろこに覆われた精霊は、その背中に蝶の羽根を生やしています。水色の精霊の周囲には白色の鹿と青色の馬の精霊がお供しています。精霊たちの背後には、西洋のお城に見られる物見台と、緑の濃い森の木々、青い空が広がっています。このあたり一帯を守護している精霊として申し分のない威厳を感じます。そういえば、作家の名前の「ロコ」は、六甲の音感とよく似ています。

白水ロコ 《山の精霊たち》
西野達は、2枚の大きな写真作品を出展しています。西野の作品と言えば、インスタレーションのイメージが強かったので、今回は少し驚きました。左側の《逃げたくても、逃げられやしない》は、シマウマが横断歩道に重なっています。逃げ出すとシマのないウマになりそうです。右側の《独り立ち》は、街路灯が車道の中から歩道を照らしています。道路工事の担当者が、設置場所を間違えたのかもしれません。

西野達 《逃げたくても、逃げられやしない》、《独り立ち》
みよし観音エリア
このエリアには、佐藤圭一、マイケル・リン、北村拓也、山田愛、パインツリークラブ、山田毅の作品があります。
マイケル・リンの作品は、伝統的な着物柄、神戸タータン、台湾のチェック柄などを織り交ぜ、戦国時代の陣幕風に構成した、立体的でカラフルな絵画です。作品名の《Tea House》は、かつて、この場所にあった茶屋にちなんだ命名です。フレームの隙間からは、人だけでなく、動物や昆虫、風や落ち葉も自由に出入りできます。多様なものに対して開かれた存在の大切さを表現しているようです。

マイケル・リン 《Tea House》
山田愛の作品は、見ているだけでは、その良さが伝わりません。ぜひ、インフィニティマークの形に並べられた石の上を歩いてみて下さい。この石は、瀬戸内海で採れるサヌカイトです。約1300万年前に生成されました。作品が設置された場所は、かつて誰かの別荘があった場所です。石の上を歩く音を聞くことで、とても長い時間の流れの中で、たった今、六甲山の中で過ごしている、あなたの存在を感じ取ってください。

山田愛 《永遠なる道》
風の教会エリア
このエリアには、髙野千聖、山羊のメリーさん、岩崎貴宏、松蔭中学校・高等学校美術部、C.A.P.(芸術と計画会議)、堀尾貞治×友井隆之、イケミチコ、長雪恵、開発好明、チャール・ハルマンダル、Trivial Zero、園田源二郎、田中望、髙橋銑、倉知朋之介、岡田裕子、川原克己の作品があります。
岩崎貴宏の作品は、安藤忠雄が設計した「風の教会」の中にあります。これは、教会の奥の壁面に掛けられた十字架をめがけ、様々な建築物の破片が吸い込まれていく景色なのでしょうか。あるいは、その反対に十字架から発生した強力な圧力で、様々な建築物の破片が飛び散ろうとする景色なのでしょうか。作家の出身が広島であることを知ると、後者のように思われます。しかし、象徴されているのは80年前の「ヒロシマ」の悲劇に限らないと思います。

岩崎貴宏 《Floating Lanterns》
イケミチコの作品は、いわゆるインスタレーションとして展示されていますが、その物量とエネルギーには目を見張るものがあります。作品は、六甲山芸術センターの4Fを埋め尽くし、フロアー全体に異世界空間を出現させています。廊下の突き当りの壁には、イケミチコ・ワールドを象徴するかのように、赤いネオンの「CRAZY」が光っています。彼女の展示を見ると、日常の悩みが、とるに足りないものに思えます。

イケミチコ 《未来人間ホワイトマンー靴をはいて街に出ようー》
開発好明の作品は、1年後に手紙が届く郵便サービスです。明日よりは遠い未来ですが、自分がどうなっているか、予想しやすい未来です。進学する自分、就職する自分、夢をかなえた自分、誰かと一緒に過ごす自分、いろいろな未来の自分を予想して、自分に手紙を書いてみましょう。手紙を書くことに挑戦するあなたの気持ちも、大切な作品の一部です。なお、受付した郵便物は、本人の申し出があっても返却されません。宛て先と内容には、十分に注意しましょう。

開発好明 《未来郵便局in六甲》
岡田裕子の作品を展示した部屋の中央には、白くて古そうな井戸がライトで照らされています。違和感があるので、思わず「井戸ですか」と聞いたところ、「テーマが井戸端会議だから」との回答を聞き、納得しました。井戸の周りには、ローテーブルとソファーが置かれ、机の上にはライトとグラスが載っています。ソファーに座ると、女性たちの話声が聞こえてきます。おしゃべりしているのは、これまでに、あまり評価されてこなかった、関西周辺で活躍した女性作家です。井戸端会議だから、話せる、聞ける、ここだけの話を聞いてみましょう。

岡田裕子 《井戸端で、その女たちは》
ひかりの森~夜の芸術散歩~
ミュージアムエリアでは、9月20日から会期末まで「ひかりの森~夜の芸術散歩~」という夜間イベントが開催されます。(土日祝開催、17:00-20:00)会場は、ROKKO森の音ミュージアムと六甲高山植物園の2か所で、参加作家は、鍵井靖章、髙橋匡太、村松亮太郎/NAKED, INC.の3名です。昼間の明るい園内とは異なる、光のコントラストが彩る六甲山の特別な夜景を楽しめそうです。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2024年8月22日 ]
→ 神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond(レポート 前編)