愛知県美術館で「近代日本画のトップランナー 竹内栖鳳」展が始まりました。 栖鳳の回顧展としては、2023年に京都市美術館で開催された「竹内栖鳳 破壊と創生のエネルギー」展が記憶に新しく、ご覧になった方も多いと思います。
栖鳳は、明治・大正・昭和の激動する時代を通し、日本画の革新をリードした創作者であり、教育者として多くの後進を育てた京都画壇の巨人です。

会場入口
本展では、《絵になる最初》(重要文化財)や《アレ夕立に》などの代表作をはじめ、初期から晩年までの100点以上の作品や資料を通し、栖鳳の表現世界の多様さを楽しむことができます。(前後期で入替あり、前期:7月27日まで、後期7月29日から)
本展は、展覧会の会期(39日間)も短く、愛知会場のみの開催となります。貴重な機会なので、ぜひ夏休みの訪問先の予定に入れておいてください。

会場風景
第一章 鵺の棲鳳 四条派を超えて
《百騒一睡》には、雀と犬が描かれています。左側の屏風には多くの雀が藁束に集まる様子が描かれ、右側の屏風には目を閉じた成犬と傍らで戯れる子犬、用心しながら成犬に近寄る雀などが描かれています。成犬は長い毛足まで写実的に描かれ、子犬はコロコロと漫画っぽく描かれています。
流派ごとに定められた描き方を逸脱しない当時の作品を見慣れた人々にとっては、複数の描き方が混在する栖鳳の作品は大きな衝撃だったようです。余談ですが、この頃の栖鳳の号は「棲鳳」でした。よく知られる「栖鳳」に改めたのは、ヨーロッパを視察した後です。

《百騒一睡》1895 大阪歴史博物館
特集 高島屋と栖鳳
栖鳳は、京都烏丸松原で開業した高島屋(現在の百貨店・高島屋の前身)で、輸出用染織品の下絵を描く画工として働いた時期があります。その頃の栖鳳が下絵を描いた刺繍作品の《枯木群雀之図》が展示されています。当時の欧米の日本ブームにより、このような高級工芸品は、とても人気があり、多くの邸宅の壁面を飾りました。

手前 《枯木群雀之図》(下絵:竹内栖鳳)1895 清水三年坂美術館
第二章 西洋の衝撃 栖鳳へ
1900年から1901年にかけ、栖鳳はヨーロッパを視察しました。それ以降、西洋絵画の写実表現に影響を受けたとみられる《金獅》や、視察の途中で目にした異国情緒あふれる《熱帯風光》や《ベニスの月》などが描かれます。
とはいえ、画面に多くの余白を残すなど、日本古来の画風も継続しており、西洋と東洋の、それぞれの良さを取り入れようと工夫したようです。

左から 《金獅》1901頃 株式会社ボークス、《熱帯風光》1902頃 二階堂美術館、《ベニスの月》1904 高島屋史料館
特集 人物画への挑戦
中央の《絵になる最初》(重要文化財)は、絵のモデルに慣れていない女性が着物を脱ぐ直前のドキドキした瞬間を描いたものです。その隣の《アレ夕立に》も、豪華な着物を着た女性が扇子で顔を隠す様子が奥ゆかしいです。
このように魅力的な人物画を描いた栖鳳ですが、実は栖鳳の作品には人物画がとても少ないそうです。「動物を描けばその匂いまで描く」と言われた栖鳳ですが、人物画には多少の苦手意識があったのでしょうか。
![左から 《日稼》1917 東京国立近代美術館、《絵になる最初》(重要文化財)1913[7/4~7/21のみ展示] 京都市美術館、《アレ夕立に》1909 高島屋史料館](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/07/07/ca020ea1ffc4_l.jpg)
左から 《日稼》1917 東京国立近代美術館、《絵になる最初》(重要文化財)1913[7/4~7/21のみ展示] 京都市美術館、《アレ夕立に》1909 高島屋史料館
写生帖を見ても、動物、昆虫、植物、風景などが多く見受けられました。それにしても、実に多くの写生を実践していて、感心します。

展示風景
第四章 華麗にして枯淡 栖鳳の真骨頂
本章は、魚や小動物を主題にした親しみやすい作品が多いです。水揚げ直後の青々とした「松魚」を描いた《松魚》を見た観客から、「おいしそー」という感想が聞こえました。確かに、見た目にもおいしそうな「松魚」ですが、先ほどの観客は「お刺身」か、「焼き」か、どのように料理するところを想像したのか、気になるところです。
![左から 《松魚》昭和前期 株式会社八勝館、《松魚》1937 ひろしま美術館[前期展示]](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/07/07/65e4bee592c9_l.jpg)
左から 《松魚》昭和前期 株式会社八勝館、《松魚》1937 ひろしま美術館[前期展示]
軍鶏やカラスなど、そのしぐさがとても生き生きと描かれています。まるで、画面から、その場の喧騒や鳴き声が聞こえてくるかのようです。はじめに見た古画の模写の頃と見比べると、なんと多くの試行錯誤を経てきたことでしょうか。本章は展示点数も多く、本展の一番の見せ場です。先ほどまで見ていた金屏風や銀屏風の作品よりも、本章の作品のほうが見ていて落ち着きます。
![左から 《蹴合》1929 大倉集古館[前期展示]、《遅日》1918 京都国立近代美術館、《惜春》1933 大阪中之島美術館[前期展示]、《秋興》1927 京都国立近代美術館、《おぼろ月》1928 京都国立近代美術館](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/07/07/b2bbad816633_l.jpg)
左から 《蹴合》1929 大倉集古館[前期展示]、《遅日》1918 京都国立近代美術館、《惜春》1933 大阪中之島美術館[前期展示]、《秋興》1927 京都国立近代美術館、《おぼろ月》1928 京都国立近代美術館
おわりに
若い頃の栖鳳が学んだ京都府画学校と、指導者として後進を指導した京都市美術工芸学校、京都市立絵画専門学校は、現在の京都市立芸術大学の前身です。今年の秋に開催される国際芸術祭「あいち2025」に参加する西條茜は、京都市立芸術大学で学び、現在は同大学で後進を指導しています。
日本画を探求した栖鳳と独自の陶造形を手掛ける西條には、分野の違いはありますが、芸術の革新者という共通点があります。国際芸術祭「あいち2025」の会場のひとつである愛知県陶磁美術館での展示が楽しみです。
特設ショップにて
重要文化財の絵柄のソックスや小型のノートなど、オリジナルグッズが充実していて、おみやげ選びが楽しそうです。暑い時期なので、ハンカチなどが人気になるでしょうか。

オリジナルグッズの数々
コレクション展
愛知万博20周年記念事業として、特別展示「フランス・オービュッソンのタピスリー:『千と千尋の神隠し』」が展示されています。タピスリーは、とても大きく、「千」と対面する「カオナシ」の巨大さが、「千」の感じていた不安や恐怖を象徴しているかのようです。また、映画で見るよりも色合いがはっきりしているように感じました。

展示風景 フランス・オービュッソンのタピスリー:『千と千尋の神隠し』
「京都画壇の画家たち」のコーナーでは、竹内栖鳳展に合わせ、栖鳳の師匠や教え子など、栖鳳と同時代の作家の表現世界を垣間見ることができます。上村松園、土田麦僊、橋本関雪、村上華岳、木島桜谷など、機会があれば個展で作品を楽しみたい作家ばかりです。

西村五雲 《風薫る》1937、《清端》1938
連日の暑さに負けず、愛知県美術館に来て、竹内栖鳳展とコレクション展の両方を楽しんでいただけると幸いです。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2025年7月3日 ]