19世紀フランスを代表する画家、エドゥアール・マネ(1832‐83)。《草上の昼食》からインスピレーションを得て《草上の小憩》を描いた石井柏亭をはじめ、山脇信徳、安井曾太郎、山本鼎、村山槐多、小磯良平など、多くの日本人画家がマネから影響を受けました。
マネの作品や印象派、日本近代洋画など約100点を通して、明治から現代にかけての日本におけるマネの受容を考察する展覧会が、練馬区立美術館で開催中です。
練馬区立美術館「日本の中のマネ ― 出会い、120年のイメージ ―」会場入口
展覧会は4章構成で、第1章「クールベと印象派のはざまで」から始まります。
章のタイトルにあるように、写実主義の画家であるクールベと、モネやルノワールなど印象派の画家たちの、中間に位置する画家といえるマネ。伝統的な絵画の約束事を否定した改革者ですが、その立ち位置は「モダニズムの画家」に留まっていました。
この章では、クールベから印象派までの作品を展覧し、西洋近代美術史におけるマネの位置づけを再考。マネやフォンタンらを「ポスト・レアリスム」の画家たち、としています。
(左から)カミーユ・ピサロ《エラニーの牛を追う娘》1884年 埼玉県立近代美術館 / アルフレッド・シスレー《モレのポプラ並木》1888年 吉野石膏コレクション
続いて第2章は「日本所在のマネ作品」。日本にあるマネの油彩画は、計17点の(パステル画を含む)。本展では、うち7点が出展されています。
シスレーは45点程度、モネは優に100点を超える一方で、日本にあるマネの作品は決して多いとは言えません。マネ自身が50代前半で亡くなったため、そもそも作品が多くないのも、理由のひとつといえます。
日本における最初期のマネ・コレクションは、画商の林忠正が購入した素描《裸婦》です。
エドゥアール・マネ《裸婦》制作年不詳 石橋財団アーティゾン美術館
《散歩》は、マネの晩年における名品のひとつです。1870年代以降のマネは、印象派の画家たちからの影響を受け、戸外での制作も試み、明るさを帯びていきました。
女性の肖像画かつ、都会人の生活情景を写した風俗画という二面性を持っており、他に類を見ない完成度と美しさを誇ります。
エドゥアール・マネ《散歩》1880-81年頃 東京富士美術館
第3章は、日本における「マネ受容」。1904(明治37)年に石井柏亭が描いた《草上の小憩》は、マネによる著名な作品《草上の昼食》へのオマージュです。裸婦を描いたマネ《草上の昼食》はスキャンダラスな作品ですが、石井の作品は微笑ましい情景をスナップ写真のように捉えています。
石井柏亭《草上の小憩》1904(明治37)年 東京国立近代美術館
日本ではじめてマネの名が登場するのは、森鷗外による著述『エミル、ゾラが没理想』。マネにとって最初の擁護者であり、フランス自然主義文学を代表するエミール・ゾラと彼の美術批評について説く中で、マネの名が登場します。
安井曾太郎の《水浴裸婦》は、安井が渡欧末期に描いた大作。ルノワールからの影響が明らかですが、奥行きのない森林や、脱ぎ捨てられた衣服に、マネからの影響も見受けられます。
(左奥から)安井曾太郎《樹蔭》1919(大正8)年 愛媛県美術館 / 安井曾太郎《水浴裸婦》1914(大正3)年 アーティゾン美術館
第4章は「現代のマネ解釈 ― 森村泰昌と福田美蘭」。現代の日本において、マネ作品の可能性に気づいている作家として、森村泰昌と福田美蘭を取り上げています。
《オランピア》と《笛を吹く少年》を関連させた森村による作品は、「価値観の攪乱」がテーマです。《笛を吹く少年》の三連作では、ズボンをずらした少年の股間を黒い人の手が覆い、後ろ向きの少年はお尻から白い手が出ています。言うまでもなく、演じているのは、すべて黄色い肌の人間である森村自身です。
森村泰昌《肖像(少年 1,2,3》1988年 東京都現代美術館
福田美蘭は本展のために、多くの新作を発表。マネからのインスピレーションを、福田ならではのユニークな視点で作品にしています。
目を引いたのが《ゼレンスキー大統領》。歴史的な事件を描いた作品では、作品から感情を取り除き、冷静な表現に徹するマネ。また、マネが描く女性は、真っ直ぐこちらを見つめることが多く、その視線は逆に読み取りを混乱させます。
福田は、展覧会の準備中に連日報道されていたゼレンスキー大統領の姿から、マネ作品から感じとれる、一種の「不可解さ」を見出しています。
福田美蘭《ゼレンスキ―大統領》2022年 作家蔵
そして福田は、サロン(官展)への出品にこだわり続けたマネにならい、日本の官展といえる日展に、新作《LEGO Flower Bouquet》を出品するという、前代未聞の試みに挑戦。審査を受けることで、サロンとは何かを考えていきます。
作品は搬入のため、10月13日までの展示となり、選外になった場合は10月30日から再展示されます。入選して欲しいような欲しくないような、ちょっと複雑な気持ちです。
福田美蘭《LEGO Flower Bouquet》2022年 作家蔵
明治時代からの「マネ受容」について掘り下げていく、挑戦的な企画。モネやルノワールなど印象派の作品を紹介する展覧会は、毎年日本のどこかで開催されているのに対し、マネの大規模展は、これまでに3回しか開催されていないのは、ちょっと驚きでした。
会期中に一部作品の展示替えがあります。ご注意ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年9月3日 ]