世界中で愛されているフィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)は、日本でもすこぶる人気の高い画家ですが、10年の活動期間に約900点もの油彩画を描いたものの、生前にほとんど評価されず困難な人生を送りました。そんな無名のゴッホにいち早く着目し、世界有数のゴッホ作品コレクションを築き上げたクレラー=ミュラー美術館は、ゴッホの名声を不動のものにしました。
阪神・淡路大震災から30年の節目に開催される「大ゴッホ展」は、同館所蔵の貴重な作品が並ぶ近年まれに見る充実した内容となっています。
(出品作品はすべてクレラー=ミュラー美術館所蔵)

神戸市立博物館外観
先ずは、いまやオランダ国外に出ることのないゴッホの傑作《夜のカフェテラス》が、なんと20年ぶりに日本に貸し出されました。ゴッホの最も幸福なアルル時代の作品。コバルトブルーの星空とガス灯に照らし出された黄色いカフェテラス。なんて美しい。見たかった!

フィンセント・ファン・ゴッホ 《夜のカフェテラス(フォルム広場)》1888年9月16日頃、油彩/カンヴァス、 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
第1章 バルビゾン派、ハーグ派~第2章 オランダ時代
16歳の若さで美術商で働き始めたものの、23歳で解雇されたゴッホ。曲折を経て画家として生きることを決意して歩み始めたオランダ時代は、ハーグ派の画家ヨーゼフ・イスラエルスやバルビゾン派のジャン=フランソワ・ミレーに影響を受けました。

第1章展示風景
農民とその仕事に連帯感を感じていたゴッホは、ミレーのような農民画家を目指します。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《じゃがいもを掘り出す農婦》1885年8月、油彩/カンヴァス、 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
裁縫師たちも僅かな収入で長時間労働を強いられていましたが、ゴッホが見つめる視線には温かみも感じられます。

フィンセント・ファン・ゴッホ 左:《縫い物をする女》 1881年10月-11月、右:《じゃがいもの皮をむく女》 1881年9月
秋の風物詩。女性のシルエットを浮かび上がらせるオレンジ色の夕陽がとても美しい。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《夕暮れのポプラ並木》1884年10月、 油彩/カンヴァス、 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
第3章 パリの画家とファン・ゴッホ~第4章 パリ時代
弟テオをたずねてパリへやってきたゴッホは、印象派や新印象派の画家たちから新しい表現の影響を受けて自らの芸術観を発展させました。モネ、ルノワール、セザンヌなどクレラー=ミュラー美術館が所蔵する印象派の作品が見られるのも嬉しい。

左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 《音楽家の道化師》 1868年 右:エドゥアール・マネ 《男の肖像》 1860年
移動手段の舟ではなくて、モネの制作現場。小屋の中に見える人影はモネ自身らしい。

クロード・モネ 《モネのアトリエ舟》 1874年、 油彩/カンヴァス、 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
パリ滞在中は資金不足のために、どの時期よりも多く25点の自画像を描きました。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《自画像》1887年4月-6月、 油彩/厚紙、 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
『モデル代が足りず、本当なら人物画に没頭したいところだけれど、ただ花を描いて一連の色彩研究の習作をやっている』と自嘲気味に友人宛ての手紙に書いているものの、色彩豊かな花束を観ていると多幸感に包まれます。センス抜群の色合いだと思うのです。

左:フィンセント・ファン・ゴッホ 《バラとシャクヤク》 1886年6月、中:フィンセント・ファン・ゴッホ 《青い花瓶の花》 1887年6月頃、 右:フィンセント・ファン・ゴッホ 《野の花とバラのある静物》 1886年-1887年
シニャックの影響も受けたゴッホが、点描画様式を用いた本作は、新印象派的表現の最高傑作のひとつと言われています。オランダ時代の暗く重厚な画面からパリ・アルル時代の明るく色彩にあふれた画面へ、ゴッホの心の変容を感じつつ、最終章のこの絵に癒されました。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《レストランの室内》1887年夏、 油彩/カンヴァス、 クレラー=ミュラー美術館 ©Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands.
コロナ禍を経て世の中の状況が変わりつつある中、巨匠の名画が来日する大規模展は少なくなるかもと寂しく思っていましたが、「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」を観てそんな懸念は一掃されました。むしろ期待値が上がった次第。
傑作《夜のカフェテラス》をはじめ、彼が敬愛したフランスの印象派たちの作品が並ぶ見応えのある豪華な設えを満喫したところで、これで終わりじゃない。 2027年には「大ゴッホ展 アルルの跳ね橋」が予定されている豪華二本立て、オランダの至宝《アルルの跳ね橋》鶴首してお待ちしています。
[取材・撮影・文:hacoiri / 2025年9月19日]