日本での古代エジプト人気といえば、1965年のツタンカーメン展がよく語られますが、エジプトへの関心はそれ以前から日常生活に浸透していました。昭和の日本人にとって、古代文明は憧れの対象であり、暮らしの中で身近に感じられる存在だったのです。
古代オリエント博物館で開催中の特別展「やっぱりエジプトが好き♡ 昭和のニッポンと古代のエジプト」では、昭和30〜40年代に広がったエジプト風デザインを紹介。
北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)が所蔵する資料を中心に、古代エジプトがどのように日本人の暮らしに取り入れられていたかを知ることができます。

古代オリエント博物館 特別展「やっぱりエジプトが好き♡ 昭和のニッポンと古代のエジプト」会場入口
会場の冒頭には、日本で開催された古代エジプト展の図録が並びます。1965年のツタンカーメン展(東京国立博物館ほか)では、黄金のマスクが実際に来日し、大きな話題となりました。
その3年前にも「エジプト美術五千年展」が開かれており、それ以降も数年おきにエジプト展が日本各地で開催されています。こうした展覧会は人々の想像力をかき立て、エジプトへの憧れを広げていきました。

日本で開催された古代エジプト展の図録
展示の中心は、昭和30〜40年代に登場したエジプト風デザインの日用品です。赤いブラウスにはアンクを手にした女性や鳥の姿が描かれ、ホルス神を思わせる意匠が加えられています。
白地のスカートには、太陽神ラーを象徴する鷹やヒエログリフがあしらわれ、古代のモチーフが現代的なファッションに融合しています。当時の日本人が遠い文明をどのように身近なデザインに取り込んでいたかが伝わります。

ブラウス 昭和50年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館) / スカート 昭和30年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
昭和の生活に欠かせなかったマッチにも、エジプト風の図案が見られます。山田薬局のマッチラベルには、戦車に乗る人物や踊る人々が描かれ、横向きの頭部と下半身に正面の上半身という、古代エジプト特有の表現法が用いられています。
同じ意匠が別のマッチにも用いられており、型紙のようなものを利用していた可能性もあります。

(右ページ上から2段目、左側)マッチラベル(山田薬局) 昭和30〜40年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
文房具にもエジプトが登場しました。国語ノートには三大ピラミッドを思わせる建造物が描かれ、その前をラクダに乗った商人が従者を連れて進んでいます。
「国語ノートにエジプトの図案」は、現在の感覚とずれていますが、当時の人々の異国趣味を反映しているといえるでしょう。

ノート(国語)昭和30年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
サッポロビールが製作した「エジプト壁画グラス」もユニークです。古代エジプト第5王朝の墓に残されたビール醸造の壁画をもとにデザインされました。
パンをこね、発酵させ、ろ過し、保存するまでの工程が、5種類の模様として描かれています。

食器(グラス)平成3年 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)

食器(グラス)平成3年 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
家庭用品にも遊び心あるデザインが見られます。写真のポットには中世ヨーロッパ風の紋章や騎士が描かれる一方、上下の帯部分には鳥や植物、帆船などがヒエログリフ風に装飾されています。
電気ポットが普及する以前のもので、日常生活の道具として使われていました。

ポット 昭和30〜40年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
手紙やはがきを収納する木製の状差し(レターラック)にも、エジプト風のモチーフが採用されています。
中央にはスフィンクスが彫られ、その周囲にはスイレンやアンク、羽ばたく鳥の姿が見える状差しは、鎌倉彫。伝統的な技法とエジプトの意匠が組み合わされている点は、興味深く感じられます。

状差し(鎌倉彫) 昭和40年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
家具にもエジプト風デザインが取り入れられました。緑と赤の化粧紙を貼った整理タンスには、簡略化されたヒエログリフや人物像が描かれています。
生活空間の中に古代エジプトの雰囲気を取り込み、暮らしの中で異国文化を楽しんでいたことが伝わってきます。

(左右とも)家具(整理タンス)昭和40年代 北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)
昭和という時代を背景に、古代エジプトへの憧れがいかに人々の生活に表現されていたかを示す展覧会。
日用品からファッション、家具にいたるまで、自由にアレンジされたデザインは当時の遊び心を映し出し、改めてエジプトの魅力を身近に感じさせてくれます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年9月25日 ]