ドイツ文学の翻訳はもとより、幻想小説や美術、演劇、舞踏などの評論でも知られる種村季弘。フィールドはエロティシズム、錬金術、吸血鬼など広範で、膨大な著作の質と量で「怪人」と評される程でした。
本展は、種村の活動の中で美術に焦点をあてたもの。種村とは縁が深い板橋区(池袋で生まれ、板橋区にある都立北園高校を経て東大文学部に進学しました)の、
板橋区立美術館での開催です。
展覧会は7章構成。まず第1章では種村のポイントとなる仕事を紹介していきます。
第1章「種村季弘という迷宮」第2章は「夢の覗き箱」。全てを手に入れたようでも、その全てと接触する事ができない=「覗く」ことは、種村にとって主題のひとつでした。
中村宏(1932-)の《円環列車・B ── 飛行する蒸気機関車》は、覗き、覗かれる関係が入れ子になった作品。女学生が望遠鏡で覗いている景色が、同じ画面に描かれています。
伝・粟生屋源右衛門(1797-1863:江戸後期の久谷の陶工)による《覗絡繰》は、直接的に「覗く」作品。小さな穴から覗くと、中には宴を催す人物が。陶製の箱は密封されており、制作方法は現在も解明されていません。
第2章「夢の覗き箱」第4章は「魔術的身体」。「魔術的リアリズム」と、身体表現における「ねじれ」を紹介します。
ハンス・ベルメールの写真に出会って衝撃を受け、球体関節人形の制作をはじめた四谷シモン(1944-)。初期の作品とともに、本展にあわせた新作の人形も紹介されました。
カール・ハイデルバッハ(1923-1993)は、本国のドイツでもほとんど知られていない画家。顔が欠落した人形について、種村は「いわば静物(死物)と化した人間の部分だ」と評しています。
第4章「魔術的身体」第5章は「顛倒(てんとう)の解剖学」。種村は「主流」や「中心」の真逆にある「贋」「反」「虚」を好んで評論しました。
かぼちゃ、人間、建築物が一体になった作品を描くトーナス・カボチャラダムス(1944-)は、門司在住の日本人(川原田 徹)。種村は門司にある「カボチャドキア王国」を訪れ、親しみをもって探検記としてまとめています。
奇怪な風景や肉体を精密に描写した作品は、ウイーン幻想派のエルンスト・フックス(1930-)。種村の初めての美術評論は、1969年の「みづゑ」誌で連載した「夢幻の森の呪術師たち」で、この中でフックスらのウィーン幻想派を取り上げました。
第5章「顛倒の解剖学」種村の評論に励まされた美術家は多く、なかにはアトリエに種村の肖像写真を置き、その視線に曝される事で、種村に恥ずかしくない仕事をする事を心がけている人もいるそうです。
出展作には個人蔵も多く、初公開の作品も多数。また、著作権の関係でこのコーナーではご紹介できない優品もいくつかあります(マックス・エルンスト、フリードリヒ・シュレーダー=ゾンネンシュターン、ホルスト・ヤンセン等々)。
板橋区立美術館だけでの単独開催ですので、お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2014年9月9日 ]■種村季弘の眼 に関するツイート