すみだ北斎美術館が所蔵するふたつのコレクション、ピーター・モースコレクションと、楢﨑宗重コレクション。前者は北斎の研究者であり世界有数の北斎作品コレクター、後者は浮世絵研究の第一人者で、両氏は生涯をかけて北斎の作品を収集、研究してきました。
希少な北斎作品や、高名な絵師・画家たちによる貴重な作品、約140点を展観する展覧会が、すみだ北斎美術館で開催中です。
すみだ北斎美術館「学者の愛したコレクション ―ピーター・モースと楢﨑宗重―」第1展示室入口
第1章は「ピーター・モースコレクション」です。ピーター・モース(1935-93)氏は、北斎の「諸国瀧廻り」シリーズに関する論文を執筆するなど、北斎の研究者であり、北斎作品の収集家です。
1章1節は「外での楽しみ」。モースコレクションの中には、寺社への参詣や行楽など、野外での活動を描いたものがしばしば見られます。またモースは、特に小判錦絵を喜んで収集しました。
葛飾北斎《五十三次江都の住かい 土山》文化(1804-18)初中期頃 すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
1章2節は「人々の生活」。モース氏は、質の高い作品や貴重な作品の収集を追求していました。人気の「冨嶽三十六景」シリーズでも、状態の良いものにこだわっています。
展示されている《冨嶽三十六景 武州玉川》も、一見ではわかりにくいですが、川面の波に凸凹で表された空摺の跡が残ります。空摺は手がかかるので、後摺では省略されることの多い技法です。
葛飾北斎《冨嶽三十六景 武州玉川》天保2年(1831)頃 すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
葛飾北斎《冨嶽三十六景 武州玉川》(部分)天保2年(1831)頃 すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
1章3節は「芸能を堪能」。江戸時代中期以降には、歌舞伎や浄瑠璃などの芸能が大流行。モースコレクションの中にも、芸能をテーマにした作品が数多く見られます。
吉原で毎年8月1日の八朔から1カ月ほど行われたのが、即興の演芸である俄狂言(絵では仁和嘉狂言)。画面上部には芸者の名が書かれていることから、実際の舞台を元にした作品である事がわかります。
葛飾北斎《仁和嘉狂言 八月 びくに》寛政3年(1791)すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
1章4節は「文学に親しむ」。モース氏は、北斎の「百人一首乳母かゑとき」シリーズに関する単著を刊行するなど、文学に関連する作品を几帳面に研究しました。
子どもに百人一首を絵で説明したこのシリーズは、北斎最後の大判錦絵シリーズ。猿丸太夫の「奥山に紅葉ふみわけ啼く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき」に基づいたこの絵について、モース氏は「完璧な絵」と絶賛しています。
葛飾北斎《百人一首乳母かゑとき 猿丸太夫》天保6年(1835)頃 すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
第2章は「楢﨑宗重コレクション」。楢﨑宗重(1904-2001)氏は、昭和から平成にかけて活動した美術史家で、戦前から浮世絵雑誌を発行。浮世絵を美術史の中で学問的に位置づけることに尽力しました。
2章1節は「葛飾派の絵師たち」。楢﨑氏は著書『北斎論』で、北斎について緻密に研究。北斎と門人たちの作品を研究のために収集しています。
蹄斎北馬《夕立図》文政年間(1818-30)すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
2章2節は「他派の絵師たち」。楢﨑コレクションは、幅広い時代のさまざまな絵師の作品が揃っているのも特徴です。
ここでは、葛飾派以外の絵師による作品を紹介。一部の作品には、楢﨑氏自身が著した作品解説も添えられています。
歌川広重《不二三十六景 安房鋸山》年代未詳 すみだ北斎美術館蔵[展示期間:10/12~11/7]
2章3節は「水野家資料」。三河国田原藩十四代藩主三宅康直の息女鈔子が紀州新宮藩知事水野家の水野忠幹に嫁いだ際に同家に伝わったものです。
鈔子は高橋由一に学んだことがあり、コレクションには油彩画や水彩画も含まれています。
高橋由一《三宅康直像》明治7~9年(1874~76)頃 すみだ北斎美術館蔵[全期間展示]
最後の第3章「研究者・コレクターたちの記録」では、戦前に名高かった浮世絵収集家や研究者の名前が並ぶ番付を紹介。松方幸次郎、鏑木清方らとともに、楢﨑氏とモース氏(番付では「モールス」)の名も見えます。
金子孚水《古今東西浮世絵数奇者総番附》昭和13年(1938)すみだ北斎美術館蔵[全期間展示]
会期は前後期に分かれており、多くの作品が展示替えされます。ご注意ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年10月11日 ]