衝撃的な作品と出会った。干からびた木でできたような球体。そこに斧のようなものがつきささっている。よく見ると小さなアマガエルが数匹。球体は地球なのだろうか。陶芸の公募展「菊池ビエンナーレ」で今回奨励賞を受賞した3点の中の一つ腰越祐貴氏の「おもう」だ。
腰越祐貴「おもう」 52.0×55.0×31.0
美術館外観
3年以上にわたって世界中を巻き込んだコロナ禍そして戦争、気候変動など地球規模の出来事をテーマにした絵画や写真、現代アートなどはよくみかける。焼き物の世界でこうしたテーマを感じさせる作品は決して多いとは言えない。しかし菊池寛実記念 智美術館が主催する公募展「菊池ビエンナーレ」の今年の受賞作品展では現代社会が抱える問題を感じさせる作品にいくつか出会える。
展示風景
菊池寛実記念 智美術館は2003年に女性の陶芸コレクター菊池智が収集した現代陶芸をもとに東京都心に開設された陶芸専門の美術館だ。ここで12月16日から隔年で開催される陶芸の公募展「菊池ビエンナーレ」が開催中だ。今年で10回目の節目の年にあたる。
展示風景
359点の応募の中から大賞、優秀賞、奨励賞、入選合わせて53点が選ばれた。応募者は全国に広がりその年齢も20代から80代まで幅広い。
「菊池ビエンナーレ」の特徴はサブタイトルに「現代陶芸の今」と付けられているように、伝統的な要素も含まれた現代陶芸に光をあて、制作手法や作者の年齢、国籍など一切問わないことだ。実際に選ばれた作品を見ると器からオブジェまで幅広く、形態や制作手法も実に様々、陶芸という世界の奥深さを強く感じることができる。
日本陶芸展や朝日陶芸展など全国規模の公募展が中止される中、美術館が主催し企画展として3か月以上にわたって受賞作品を展示する点も大きな特徴だ。智美術館のゆったりとした展示室でスポットライトを浴びて自分の作品が美しく浮かび上がるということも陶芸家にとっては大きな魅力になっているに違いない。
今年の大賞に選ばれたのは若林和恵氏の「色絵銀彩陶筥 さやけし」、白釉の地に銀箔を貼った線文様が見事な丸みを帯びた陶筥である。全体にやや黄色味がかった色調は漆を薄く塗り、焼き付けているという。
若林和恵「色彩銀彩陶筥」17×32.5×32.5
優秀賞の宇佐美朱理氏の「土環」は大胆に重ねられた土の輪とその上の大きな筒が印象的な作品だ。5段にも重なった分厚い均一的ではない土の輪はどこか機械部品の一部を思わせる。
宇佐美朱理「土環」 51.5×44.0×44.0
奨励賞は波多野亜耶氏の「帰依」、小枝真人氏の「染付深鉢 細魚」、そして冒頭で紹介した干からびた球体に斧がつきささる作品、腰越祐貴氏「おもう」の3点。腰越氏の作品は球体を地球と見立てれば増殖する人類によって荒廃した地球を思わずにはいられない。球体といい斧といい、あたかも本物の木のような質感を土で表現しており、見る者に強烈な印象を与える。
波多野亜耶 「帰依」42.0×43.0×39.0
小枝真人 「染付深鉢 細魚」 24.8×33.7×33.7
このほかにも年々増えているというオブジェ作品に現代社会を意識した作品がいくつかあった。植田麻由の「A Lump of Feelings #23-25」は子供の落書きが描かれたような不思議な陶器の塊に陶芸の原料ともなる長石の原石をねじ込んだ不思議な造形だ。1995年の阪神淡路大震災の記憶から作り出したものだという。
植田麻由 「A Lump of Feelings #23-25」
中嶋草太 「古へ語り -久遠―」24.5×88.0×38.0
大塚くるみ 「SPACE CUBE」57.0×33.0×32.0
動物の風化した骨がやがて枯れ木に変貌する様をリアルな質感で表した中嶋草太氏の「古へ語りー久遠―」、団地の小部屋をイメージした小さな箱を積み上げて作品にした大塚くるみ氏の「SPACE CUBE」。窓の方向をあえて違えて人間同士の交流がない団地の孤独を表現したという。
もちろんオブジェ以外の器の分野でも例年通り優れた作品が数多く入選している。奨励賞に輝いた小枝真人氏の「染付深鉢 細魚」はシンプルな白磁の器に染め付けで細魚(さより)を描いた実に美しい鉢で大胆な余白が印象的だ。このほか受賞作品の半分以上を占める器の分野では高い制作技術と相まって独自の形態や色彩の優れた作品が多かったことは言うまでもない。
高度な技術と独自の形態を生み出す想像力。土を焼いて作品を造るという陶芸の難しさを様々な試行錯誤と経験を踏まえ表現された作品の数々にはいつも感心させられる。そして異彩を放つオブジェ作品には現代社会に生きながら焼き物と向き合わざるを得ないという現実が感じられた。まさに現代陶芸の今を見ることのできる貴重な展覧会だと思う。
[ 取材・撮影・文:小平信行 / 2023年12月15日 ]
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