1980年代のアートシーンを席巻したアメリカの画家、キース・ヘリング(1958-1990)。80年代初頭にサブウェイ・ドローイングで注目を集め、瞬く間にスターダムに躍り出ましたが、1990年、エイズによる合併症のためわずか31歳で死去しました。
活動の初期から晩年の大型作品まで、約150点の作品でヘリングならではの作品世界を総覧する展覧会が、森アーツセンターギャラリーで開催中です。
森アーツセンターギャラリー「キース・へリング展 アートをストリートへ」
親しみやすい明るくポップなイメージで、世界中から愛されているキース・ヘリング。展覧会では6章構成で、ヘリングの歩みを辿っていきます。
第1章は「公共のアート」。1978年、ヘリングは20歳でニューヨークへ移住。スクール・オブ・ビジュアル・アーツで美術表現を学びます。
ヘリングは「ここに描けばあらゆる人が自分の作品を見てくれる」と、地下鉄駅構内の空いている広告板に貼られた黒い紙に、チョークでドローイングをはじめました。シンプルながら個性あふれるへリングの作品は、ニューヨーカーのあいだで話題を呼んでいきます。
第1章「公共のアート」 (左から)《無題(サブウェイ・ドローイング)》1982年 / 《無題(サブウェイ・ドローイング)》1986年
第2章は「生と迷路」。ペンシルベニア州ピッツバーグの田舎から出てきたヘリングにとって、1980年代のニューヨークは華やかで刺激的な場所でした。
この街で、解放されたといえるヘリング。結果的に約10年間という限られた期間になりましたが、創作に自らのエネルギーを注ぎ込んでいきます。
第2章「生と迷路」 (3点とも)《スリー・リトグラフス》1985年
第3章は「ポップアートとカルチャー」。バブル景気に沸いた日本とは異なり、80年代のニューヨークはドラッグや暴力、貧困が蔓延する犯罪都市でした。ただ、クラブ・シーンは盛り上がり、ストリートアートも広まるなど、カルチャーはパワーに溢れていました。
ヘリングにとって音楽は欠かせないもので、作品制作中はいつも音楽を流していました。ヘリング自身もクラブに入り浸り、さまざまなレコードジャケットを制作しています。
第3章「ポップアートとカルチャー」 (左列上から)「ウィズアウト・ユー」1983年 / 「サムワン・ライク・ユー」1986年 / (右列上から)「クラック・イズ・ワック」1987年 / 「人生は何か特別なもの」1983年 / 「スクラッチン」1984年
第4章は「アート・アクティビズム」。ヘリングは、1982年に初めてポスターを制作。核放棄のためのポスターを自費で2万部印刷したもので、セントラル・パークで行われた核兵器と軍拡競争に反対する大規模デモで、無料配布されました。
ヘリングにとってポスターは、大衆にダイレクトにメッセージを伝える手段でした。反アパルトヘイト、エイズ予防などの社会的な題材から、酒や時計などの商業ポスターまで、100点以上のポスターを手がけています。
第4章「アート・アクティビズム」 (左から)「セーフ・セックス!」1987年 / 「無知は恐怖 沈黙は死」1989年
第5章は「アートはみんなのために」。20枚からなるシリーズ《赤と青の物語》は、子どもたちのための作品です。ヘリングはまず、赤と青の抽象的な図形を描き、その図形に黒い線を加えてさまざまなキャラクターなどにしていきました。
ヘリングは世界の都市数十ヶ所で彫刻や壁画などのパブリックアートを制作していますが、そのほとんどは子どもたちのための慈善活動です。
第5章「アートはみんなのために」 (壁面の絵画)《赤と青の物語》1989年
第6章は「現在から未来へ」。17点の連作《ブループリント・ドローイング》は、1980年のドローイング作品を、ヘリングが亡くなる1カ月前に版画で再制作したもの。性の解放、テクノロジーの発達、暴力や戦争などを連想させる場面が、漫画のコマのような画面に描かれています。
ほかの多くの作品同様に、本作も作家自身による解説は残されていないため、その解釈は鑑賞者に委ねられています。
第6章「現在から未来へ」 《ブループリント・ドローイング》1990年
展覧会の最後に、トピックとして「キース・ヘリングと日本」のエリアも設けられています。
1983年、東京のギャルリー・ワタリ(ワタリウム美術館の前身)で開催された個展のため、ヘリングは初めて来日。日本の文化に影響を受けていたヘリングは、滞在中に扇子や掛け軸、屏風など東洋の道具や工芸品に作品を描いています。
以後もワークショップの開催や店舗の開店などのため何度も来日。このエリアには、ヘリングが表紙を描いた、ぴあの月刊誌『Calendar』など、懐かしいアイテムもありました。
「トピック:キース・ヘリングと日本」 月刊『Calendar』1983年
アンディ・ウォーホルやジャン=ミシェル・バスキアなどと並んで、1980年代のアメリカ美術を代表するアーティストといえるキース・ヘリング。さほど美術に詳しくないない方でも、その作品に見覚えがある方は多いと思います。
日本では山梨県北杜市の中村キース・ヘリング美術館に多くの作品が収蔵されていますが、東京でへリング作品をここまで網羅的に俯瞰できるのは、とても貴重な機会です。会場併設ショップには、展覧会オリジナルグッズも充実していますので、ファンの方はお楽しみに。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年12月8日 ]
All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation
©Keith Haring Foundation. Licensed by Artestar, New York