明治維新の時にはすでに40歳だった由一。新しい時代にふさわしい芸術として油絵の魅力にとりつかれ、肖像、風景、静物など、さまざまな作品を残しました。
会場は「油画以前」「人物画・歴史画」「名所風景画」「静物画」「東北風景画」の5章。3階から地下にまわるという、というちょっと珍しい会場構成です。
名所風景画お目当ての《鮭》は、2階展示室の出口付近。由一は鮭の絵を得意にしており、鮭を描いた作品は何点もあります。
本展では3作品を展示。縦長の作品フォルムにあわせるように、背景が縦の板張りになっているのは面白い試みです。
静物画重要文化財の《鮭》は中央の1枚で、東京藝術大学の所蔵。140.0×46.5と、3点の中では一番大きな作品です。
皺がよった皮、1点づつ光を描いた鱗(うろこ)、荒縄のささくれ…。近くで見ると匂い立つような迫力があります。
《鮭》由一の作品でもうひとつ重要文化財に指定されているのが、この《花魁》。吉原の稲本楼にいた評判の美人芸妓、小稲(こいな)を描いた作品です。
写実に徹したこの作品は、怖いまでの迫真性。小稲は浮世絵の美人画のように描いてもらえると思っていたのでしょうか。完成品を見て泣いて怒ったそうです。
《花魁》後の時代の黒田清輝らとは違い、洋行して美術を学んだことがなかった由一。
技術的には未熟な部分も見受けられますが、新しい時代の日本に根ざした油絵を愚直に追い求めた作品は、見るものの心に響きます。(取材:2012年5月10日)
 |  | 高橋由一
坂本 一道 (著) 新潮社 ¥ 1,155 |