故郷の山口県を中心に活躍し、2013年に亡くなった吉村芳生、ご存知でない方も多いのではないでしょうか。
明治を連想させる「超絶技巧」より「スーパーリアリズム」と英語で呼びたい、究極のリアリズムを追求した画家、今回の展覧会が中国・四国地方以外では初の個展となります。
吉村氏は広告のデザイナーとして代理店に勤務した後、版画を学んだ異色の経歴の持ち主。
初期の作品は既に、後年に繋がるような独特の作風でした。
ドローイング 金網 1977 鉛筆、紙 97.0×1686.7
この作品は金網の上に紙を重ね、一つひとつの網目を18000個、17メートル、70日かけて鉛筆で描写したもの。
繰り返しで同じ網目を描くのも、スキャンやコピー、写真を使う手もあったでしょう。
まるで毎日の何かの習慣を繰り返すように、あえて自分の手で繰り返し描くことが、もしかしたら技術を高め、精神を養う訓練として大切なプロセスだと感じていたのかもしれません。
こちらも後年の大きなテーマとなる、新聞を表現した作品です。
ドローイング 新聞 ジャパンタイムズ 1979-80 鉛筆、紙/ シルクスクリーン、紙/ 鉛筆・色鉛筆、紙56.0×42.5
紙に、刷り上がって間もない新聞を薄く転写し、鉛筆で写したもの。
離れて見ると新聞に見えますが、近づくと完全な写し描きではなく、文字の手書き感が認められます。
同じく、のちの自画像の習作かのような、365日毎日の自分の顔写真を鉛筆で描いたものや、
365日の自画像 1981.7.24-1982.7.23 1981-90 鉛筆、紙 各12.0×12.0 山口県立美術館
友達のスナップ写真を鉛筆描きしたもの。
友達シリーズ 1981 鉛筆、紙 19.0×15.0
「新聞は社会の肖像」と語った画家は、新聞シリーズと自画像シリーズを組み合わせた新シリーズに取り組みます。
新聞と自画像 2008.10.8 毎日新聞 2008 鉛筆・色鉛筆・水性ペン・墨・水彩、紙 146.0×109.1
新聞の一面を読んだ後の自分の表情を新聞に描き込み、その日の社会と自身を合わせて表現。
パリ留学中の一年間には、現地の新聞に1000枚以上、微妙に異なる日々の表情を描いていきます。
Self-portraits 1000 in Paris (パリの新聞と自画像)2011-12 鉛筆、新聞紙 各41.5×27.8
そして2011年の東日本大震災後、震災翌日から約1ヶ月間の新聞1100枚ほどに、シルクスクリーンで自画像を刷り込んだ作品を制作。
「3.11から」新聞と自画像 全8種(見・吁・光・阿・吽・失・共・叫)2011シルクスクリーン、新聞紙
激しく変化する表情から、画家の心情が伝わってきます。
展示後半のコーナーに集められた、ほとんどモノクロの作品を制作していた吉村が鮮やかな花を描いた作品は、同じ作家のものと思えないほど鮮烈な印象。
絶筆となったコスモス畑を描いた作品に至るまで、更なる新境地を開拓しようと試みていました。
コスモス(絶筆)2013 色鉛筆、紙 202.2×306.0
彼は、自らの制作活動を「誰にでも出来る単純作業」であると語っていたそうです。
もちろん、技術的にも忍耐的にも彼にしか出来ないことですが、自分の中にあるテーマを表現するよりも、淡々とコツコツと、日常を積み重ねていくように制作し続けることが彼のテーマだったのかもしれません。
壮大なテーマや圧倒的な超絶技巧は常に感動を与えてくれますが、現実を生きるわたし達に寄り沿い、繰り返し過ごしていく毎日に気づきを与えてくれる、そんな作品だと思います。
最近どうも感性が麻痺して鈍りがち。ちょっと毎日の生活に疲れている…そんな方にこそ、ご覧頂きたい展覧会です。
是非、東京駅へお出かけください。
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白川瑞穂
関西在住の会社員です。学生の頃から美術鑑賞が趣味で、関西を中心に、色々なジャンルのミュージアムに出かけています。観た展示を一般人目線でお伝えしていきます。
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