クイズのような書き出しで失礼しました。あえてメジャーな絵師にこだわらず、地方の画人に焦点を当てた展覧会です。
藩が違うことは、国が違うことに近かった江戸時代。文化的にも各地でさまざまな展開が見られ、その地に根差した「ご当地絵師」が活躍しました。
展覧会は地域別の構成で、第1章「百花繚乱!絵師列島への旅立ち ─ 北海道・東北・北関東ゆかりの画人たち」から。蠣崎波響(かきざきはきょう)は松前藩の家老。アイヌの肖像を描いた
「夷酋列像」を、このコーナーでご紹介した事がありました。吊るされたエイを描いた《カスベ図》は、細部の表現がリアルです。
その土地の特徴ある風景を描くのも、ご当地絵師ならでは。《塩竃松島図巻》は、塩竃に生まれた小池曲江(こいけきょっこう)による作です。
見逃してほしくない一点が、根元常南(ねもとじょうなん)《旭潮鯨波図》。捕鯨ではなく、沖を泳ぐ鯨を遠景で表しました。「ホエールウォッチング図」という会場の解説は、言い得て妙です。
「百花繚乱!絵師列島への旅立ち ─ 北海道・東北・北関東ゆかりの画人たち」第2章は「江戸 ─ 狩野派以外も大賑わい」。いつもの江戸絵画展なら主役になる章ですが、本展ではむしろ脇役。谷文晁や酒井抱一らは、比較的軽めの扱いです。
鈴木鵞湖(すずきがこ)は、千葉ゆかりの絵師(現在の船橋市出身)。息子は石井鼎湖(画家・版画家)、孫は石井柏亭(洋画家)・石井鶴三(彫刻家)と、三代続く芸術一家です。
第3章は「東海道を西へ ─ 尾張・伊勢・近江」。虫を徹底的に描いた《虫豸帖》は、伊勢国長島藩主の増山雪斎(ましやませっさい)。博物学を好む諸侯「博物大名」のひとりです。写生のために殺した虫の亡骸を大事に保管していたという、筋金入りの虫好きです。
紀楳亭(きばいてい)は、与謝蕪村の高弟。大津に住んだため「近江蕪村」と称されました。大津絵はユニークさがウリとはいえ、《大津絵見立忠臣蔵七段目図》はあまりも、というユルさです。
「江戸 ─ 狩野派以外も大賑わい」「東海道を西へ ─ 尾張・伊勢・近江」第4章は「京・大坂 ─ 諸派の爛熟と上方の版画」。ここでも円山応挙や曾我蕭白は軽めのご紹介ですが、蕭白《渓流図襖》は新出の襖絵です。
明らかに異質な美人画を描いたのが、祇園井特(ぎおんせいとく)。写実的な面貌に対する異様な執念が、作品から滲み出ています。
第5章は「中国・四国地方と出会いの地・長崎」。長崎に生まれ、鳥取で活躍した片山楊谷(かたやまようこく)。《猛虎図》では、技術を誇るように体毛を描きます。
「鯉の稲皐」と称されるほど、写実的な鯉を得意にした黒田稲皐(くろだとうこう)。美しいだけでなく、鯉が持つ不気味な一面も見事に捉えています。
「京・大坂 ─ 諸派の爛熟と上方の版画」「中国・四国地方と出会いの地・長崎」「ご当地絵師を一堂に集めて紹介する」という、いかにも手間がかかりそうな企画ですが、見事に北海道から長崎まで、個性的な画人が揃いました。江戸絵画の豊かさを、あらためて実感する事ができます。
名前を知らない人が多い事もあって、いつもより観覧時間がかかると思います。余裕を持ってお楽しみください。5月6日(日)までの前期と5月8日(火)からの後期で展示替えがありますが、リピーター割引も実施しています(半券の提示で2回目以降の観覧料が半額です)、「片手で持つと腱鞘炎になる」というヘビー級の図録(2,200円)もオススメです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2018年4月10日 ] |  | 日本絵画の見方
榊原 悟(著) KADOKAWA/角川学芸出版 ¥ 1,836 |
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