奈良時代に聖武天皇の御遺愛品を東大寺の廬舎那仏に奉げたことに始まる正倉院宝物。明治10年(1877)の奈良行幸で、明治天皇が正倉院宝物の整理・修復を命じたことが、現代まで続く正倉院宝物の修理や模造製作に繋がりました。
正倉院宝物の模造品を通じて、文化財を守り伝えることの意義や、いにしえの文化財を再現するための技術などを紹介する展覧会が、明治神宮ミュージアムで開催中です。
明治神宮ミュージアム「正倉院宝物を受け継ぐ」会場入口
明治神宮ミュージアム「正倉院宝物を受け継ぐ」会場入口
展覧会の会場は2階ですが、1階にもご注目。正倉院宝物「螺鈿紫檀五絃琵琶」の重さが体験できる展示が用意されています。
螺鈿紫檀五絃琵琶は、全長 108.0cm、最大幅 30.9cm、重さは 3,902.8g。平均的なエレキギターよりやや重め、といったところでしょうか。ぜひ手にとって、ずっしりとした感覚を味わってください。
「正倉院宝物「螺鈿紫檀五絃琵琶」の重さを体験してみよう!」
実際の展示は、明治天皇による奈良行幸の記録から。1300年前から大切に守り伝えられてきた宝物の数々。その存在自体が奇跡ともされていますが、さすがに長い年月を経ているため、劣化は免れません。
明治天皇の伝記である『明治天皇紀』には、宝物の現状を知った明治天皇が、楽器類の修理と整理をお命じになったことなどが記されています。
(左から)《明治二十二年省費宝器保存費》明治22年(1889)宮内庁宮内公文書館 / 《『明治天皇紀』第四》昭和45年(1970)明治神宮
明治22年(1889)には当時の赤坂離営内の作業場に正倉院の刀剣が運び込まれ、当時の名工たちにより、刀剣の修理とともに、模造も製作されました。
「金銀鈿荘唐大刀」は、聖武天皇所縁の宝物の目録である『国家珍室帳』に記載されている儀式用の太刀で、豪華な装飾が目をひきます。
《模造 金銀鈿荘唐大刀》明治時代(19世紀)宮内庁正倉院事務所
続いて、染織品の模造について。日本の養蚕は、明治時代に生産性が高い外国産との交雑種が主流になりましたが、国産種の蚕である「小石丸」を、貞明皇后(大正天皇皇后)が飼育。以来、歴代の皇后さまに引き継がれてきました。
平成6年(1994)に始まった正倉院裂の模造事業では、当時の皇后さま(現上皇后さま)がお育てになった小石丸の糸が使われ、鮮やかな染織品の再現に繋がりました。
(左手前から)《模造 紫地鳳唐草丸文錦》平成15年(2003)宮内庁正倉院事務所 / 《模造 八稜唐花文赤綾》平成12年(2000)宮内庁正倉院事務所 / 《模造 小菱格子文黄羅》平成10年(1998)宮内庁正倉院事務所
再現模造の代表的な作品といえるのが《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》。古代における琵琶は四絃と五絃がありましたが、五絃は廃絶してしまったため、正倉院の《螺鈿紫檀五絃琵琶》は世界唯一の五絃琵琶になります。
模造は明治時代にも作られましたが、平成時代の模造は、実際に演奏可能な楽器として再現することに挑みました。
《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶作成資料》宮内庁正倉院事務所
模造の制作には、重要無形文化財「螺鈿」保持者の北村昭斎氏を中心に専門家が集結。内部の構造や彩色の素材について正倉院事務所が分析機器を使って調べ、実作に8年。貴重材である紫檀や玳瑁(たいまい:ウミガメの甲羅)など、材料調達から数えると、実に15年の歳月をかけて完成しました。
模造の制作にあたり、内部の構造なども調査。その生花は、再現模造にも活かされています。
《模造 螺鈿紫檀五絃琵琶》平成23~30年(2011~18)宮内庁正倉院事務所[展示期間:12/23~1/24]
箜篌(くご)は、現在のイラク北部であるアッシリアに起源をもつ、ハープに似た弦楽器。宝物は大破した状態で見つかり、明治時代の御物整理掛員が、残っていた部材と、描かれた箜篌の姿を参考にして復元しました。
完成した箜篌をご覧になった明治天皇はたいそう喜ばれたと伝わります。
《模造 漆槽箜篌》明治27年(1894)宮内庁正倉院事務所
伎楽は、中国南方に由来する仮面劇。14種類の役柄があり、大仏開眼会など重要な法要で奉納されました。
正倉院には多くの伎楽面が伝わっていますが、彩色の退色や毛の脱落など各所に劣化が見られました。再現模造事業では、原宝物にわずかに残った痕跡を分析して、当初の姿を再現。後方で紹介されている原宝物の写真パネルと比べると、印象の違いには驚かされます。
(左から)《模造 獅子面》平成16~18年(2004~06)宮内庁正倉院事務所 / 《模造 酔胡王面》平成14~15年(2002~03)宮内庁正倉院事務所
「模造」というと、いわゆるレプリカの制作と勘違いされそうですが、再現模造は全く別物。同じ材料・構造・技法で当時の姿を再現するため、古代技術の解明と伝統工芸の継承という側面をもっています。
美しく再現された模造品から、それらを大切に守り伝えてきた人々の思いも感じ取ることができる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年12月22日 ]