夢や無意識の世界からインスピレーションを得て、非論理的で不思議な作品を生み出す芸術運動、シュルレアリスム。日本にも1920年代後半にもたらされました。
フランスの詩人・アンドレ・ブルトンが、1824年に著書『シュルレアリスム宣言』を発表してから、今年でちょうど100年。シュルレアリスムの影響を受けた、日本の画家による作品を紹介する展覧会が、板橋区立美術館で開催中です。
板橋区立美術館
『シュルレアリスム宣言』で、理性に抑制されない無意識界の探求、不可思議なものへの賛美を唱えたアンドレ・ブルトン。日本では、ヨーロッパから帰国した詩人・西脇順三郎の周囲に集う学生たちから、影響は広まっていきました。
若い詩人だった瀧口修造は、ブルトンの著書『超現実主義と絵画』を翻訳刊行。シュルレアリスムの流れは、美術の世界にも伝わります。
(右手間)アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』1924年 岡崎市美術博物館
日本の美術界におけるシュルレアリスム的表現の先駆者といえるのは、東郷青児、阿部金剛、古賀春江などです。
彼らは直接的にシュルレアリスムを主張したわけではありませんが、1929年の二科展に出品された作品が注目を集め、同種の表現が広がっていきました。
(左から)阿部金剛《Rien No.1》1929年 福岡県立美術館 / 東郷青児《超現実派の散歩》1929年 SOMPO美術館
日本におけるシュルレアリスム受容で、大きな役割を果たした展覧会が、1932年から翌年にかけて開催された「巴里新興美術展覧会」です。ヨーロッパのシュルレアリスム絵画の実作が数多く展示され、全国7カ所を巡回。画家を目指す若者や画学生に大きな影響を与えました。
そして、1934年には独立美術研究所の画家による「飾画」、1935年には独立美術協会から分離した画家による「新造型美術協会」と、最初期のシュルレアリスム的絵画グループが生まれます。
(左から)斎藤長三《わが旅への誘い》1935年 練馬区立美術館 / 飯田操朗《婦人の愛》1935年 東京国立近代美術館 / 三岸好太郎《海と射光》1934年 福岡市美術館
1930年代半ば以降になると、シュルレアリスムに関心を持つ画学生たちによってさまざまな絵画グループが結成されます。
1937年には福沢一郎が『シュールレアリズム』を刊行。ともに詩人で美術批評家の山中散生と瀧口修造は「海外超現実主義作品展」を企画監修し、シュルレアリスムの世界的な展開を伝えました。
(左から)伊藤久三郎《振子》1937年 板橋区立美術館 / 米倉壽仁《ヨーロッパの危機(世界の危機)》1936年 山梨県立美術館 / 福沢一郎《人》1936年 東京国立近代美術館
1938年以降になると、ヨーロッパのシュルレアリスム絵画からの直接的な影響を離れ、日本でも円熟した作品が見られるようになります。
ただ、軍事体制に入ると前衛画家への監視が強化。1941年にはシュルレアリスムと共産主義の関係を疑われて、福沢一郎と瀧口修造が拘束されるという衝撃的な事件がおこりました。
戦争になると、多くの画家たちも招集を受けて従軍。靉光は将来性を大いに嘱望されていた画家ですが、上海郊外で病没しています。
靉光《眼のある風景》1938年 東京国立近代美術館
矢﨑博信も、若くして戦争で命を落とした画家のひとりです。
美術学校在学中にはグループ「アニマ」と「動向」を結成し、中心的な存在として活躍。卒業後は郷里の長野で絵画制作を続けましたが、三度に渡る出征の末に、トラック島周辺で魚雷攻撃を受けて戦死しました。《時雨と猿》は、最後の大作と思われる作品です。
(左から)北脇昇《周易解理図(泰否)》1941年 京都市美術館 / 矢﨑博信《時雨と猿》1940年 宮城県美術館
1930年代に入ると、写真家たちの間でもシュルレアリスムのコラージュなど、新しいスタイルの写真が発表されるようになりました。
ただ絵画と同様に、軍靴の音が大きくなると、写真家も表現に制約がかかります。報道など戦時体制への協力を求められ、前衛的な写真はなりを潜めていきました。
下郷羊雄 超現実主義写真集『メセム属』1940年 名古屋市美術館
戦後、GHQによる占領期になると、自由や民主主義の風潮が広がる中で、前衛美術も復活。新しい絵画グループが結成されたり、アンデパンダン方式の展覧会が実施されたりと、活動は活発化していきました。
古沢岩美は岡田三郎助に師事した後、前衛絵画に転向。堀田操は福沢一郎が主宰した福沢絵画研究所の出身です。戦前に学んだ手法や発想も活かしながら、それぞれの作品世界をつくっていきました。
古沢岩美《女幻》1947年 板橋区立美術館 / 堀田操《断章》1953年 板橋区立美術館
今年は東京都美術館でデ・キリコ展も4月から開催されるなど(9月に神戸に巡回)、シュルレアリスムには注目が集まる年。あまり知られていない作家の作品もあり、日本におけるシュルレアリスムの広がりを改めて実感できる展覧会です。
展覧会は京都でスタートし、板橋区立美術館が2館目。この後に三重県立美術館に巡回します(4/27〜6/30)。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年3月1日 ]