カリフォルニア州第二の都市サンディエゴは、スペインからの入植者によって築かれた町、その中心部に位置するサンディエゴ美術館は、ヨーロッパ古典絵画のコレクションを中心に、初期イタリア絵画や優れたスペイン美術を多く所有しています。
展覧会では、日本初公開のジョルジョーネ、ティントレット、サンチェス・コターンなど巨匠たちの作品を含めて54点が来日、そこに国立西洋美術館の名品6点が加わりルネサンスから印象派までの西洋絵画600年の歴史をたどります。

京都市京セラ美術館 本館北回廊入口
時代ごと4章に展示されている作品には、作家をとりまく背景や見どころのヒントや比較展示によって美術館に馴染みのない方にも一歩踏み込んでじっくり鑑賞したくなるような工夫が凝らされています。
難しいことは抜きにして、どこから見ても、どのように見ても、興味が湧いてくる時間が過ごせそうです。お気に入りの一枚が見つかりますように。
第1章 ルネサンス(14世紀から16世紀)
“肖像画に魂を吹き込んだ男”と言われるヴェネツィア・ルネサンスの巨匠ジョルジョーネは、30代前半に没したため残された作品は僅か30点ほど。その中の貴重な一枚に描かれた男性と目が合うと視線が外れないのです。

左から ヤコポ・ティントレット《老人の肖像》1550年、ジョルジョーネ《男性の肖像》1506年
美しく着飾ったマリアが姉のマルタに諭され回心する場面が描かれています。作者ルイーニは、レオナルド・ダ・ヴィンチの影響を強く受けた画家のひとりです。マグダラのマリアの謎めいた微笑みや優雅な巻き毛、滑らかなぼかし表現などにレオナルドの特徴が見て取れます。
因みに、私は、そのお隣に佇む《スペイン王子の肖像》がこの展覧会で最も惹きつけられた作品です。緑色の衣装を身に着けた幼き王子は凛々しく、その瞳もグリーン。

左から ソフォニスバ・アングィッソーラ《スペイン王子の肖像》1573年、ベルナルディーノ・ルイーニ《マグダラのマリアの回心》1520年
ボスと言えば、奇妙奇天烈摩訶不思議な画風で知られる人気作家ですが、この作品のインパクトは強烈です。キリストを取り囲む悪そうな人たちは、どこか滑稽味も混ざり、シュールな一枚です。本作品の近くに同じ主題の作品がありますので、見比べてみてください。

ヒエロニムス・ボス(の工房)《キリストの捕縛》1515年
第2章 バロック(17世紀)
宗教画のみならず、静物画、風俗画、風景画の需要も広がり、国際的に活躍する宮廷画家が台頭し、多様な芸術活動が繰り広げられた時代です。

左から ジュゼペ・デ・リベーラ《スザンナと長老たち》1615年頃、バルトロメオ・マンフレーディ《キリスト捕縛》1613-15年、国立西洋美術館
サンディエゴ美術館の傑作です。同館ヨーロッパ美術担当学芸員のマイケル・ブラウン氏によるとコターンは宗教画家ですが、この静物画は、作家の好奇心から知識人や科学者などの友人やトレドの大司教を想定して描いたようです。スペインの台所にある野菜と果物が、幾何学的構図と光と影によって均整がとれたモダンな印象を与え、今日まで私たちをミステリアスに楽しませてくれるのです。美しく不思議な絵です。

ファン・サンチェス・コターン《マルメロ・キャベツ・メロンときゅうりのある静物》1602年
“修道僧の画家”と呼ばれるスルバラン。視線をこちらへ向けて博愛の精神を示す聖フランチェスコ、キリストに小鳥を見せる聖ヨハネとすべてを見通している聖母マリアは子どもたちをやさしく見守り、最後の審判の幻を見たと左上のラッパを指し示す聖ヒエロニムスが描かれています。

フランシスコ・デ・スルバラン 左から《洞窟で祈る聖フランチェスコ》1658年、《聖母子と聖ヨハネ》1658年、《聖ヒエロニムス》1640-45年頃
ルーベンスは17世紀で最も成功した宮廷画家、外交官としても活躍し、大規模な工房を構えスペイン、イギリス、フランスの君主のために絵画やタペストリーを制作しました。

左から ぺーテル・パウル・ルーベンスと工房《聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者ヨハネ》1625年、右:ぺーテル・パウル・ルーベンス《永遠(教皇権の継承)の寓意》1622-1625年
第3章 18世紀

展示室風景
カペとブノワはこの時代を代表する女性画家です。カペは右手にチョークホルダーを持ち、後ろのイーゼルに掲げたキャンバスに絵を描いています。美しいドレスやリボンは自身のイメージ戦略と画力を示す手段であり、この絵は、彼女にとって名刺がわりの一枚。
一方、ブノワは、ジャック=ルイ・ダヴィッドに師事しました。絵のモデルは、当時の社交界で流行したギリシャ風のドレスに優雅なドレープのカシミア・ショールをまとっています。
カペとブノア、隣り同士に並ぶ二人の作品を鑑賞できる貴重な機会です。

左から マリー・ガブリエル・カペ《自画像》1783年 国立西洋美術館、マリー=ギュミーヌ・ブノア《婦人の肖像》1799年頃
第4章 19世紀
ブーグローが描く田園生活の牧歌的な風景は、パトロンたちを魅了しました。600年の絵画史をたどる最後のコーナーで出会った羊飼いの少女がこちらを見つめています。その視線に甘く切ない気持ちがこみ上げてきました。

左から ウィリアム=アドルフ・ブーグロー《羊飼いの少女》1885年、セオドア・ロビンソン《闖入者》1891年
どこを見ても、どう見ても素晴らしい展覧会です。ぜひ、お出かけください。
(国立西洋美術館所蔵作品のみ記載。記載なき作品はすべてサンディエゴ美術館所蔵)
[取材・撮影・文:hacoiri / 2025年6月24日]