今回の「井上雄彦 最後のマンガ展」は、構想2年にわたる、マンガ家井上雄彦にとって他に例のない壮大な作品となりました。この企画のモチーフとなったのは、週刊モーニング(講談社)で1998 年から連載を開始し、現在も執筆中のコミック「バガボンド」。吉川英治の「宮本武蔵」を原作に借り、武蔵の生涯を描く長編です。すでに単行本5000万部近くを売り上げ、22 の国と地域で出版されるほどの人気コミックとなっていますが、今回はこのマンガ展制作のために連載を一時中断し、その延長上にある一遍のストーリーを空間に描き上げました。
井上は以前よりその画力の高さが注目されてきた作家ですが、「バガボンド」執筆中に道具をペンから筆へと持ち替えて以降、さらに飛躍的な進化を遂げてきました。マンガは定型の紙をコマに区切って物語を展開していくメディアですが、「バガボンド」は、その一コマ一コマが絵画として完成していると評されるほどに達しています。
美術館の空間はその部屋ごとに個性があり、また導線の取り方によっても異なる表情が引き出されます。それぞれが絵画であると同時に全体が一つの物語としてつながっているこのマンガ展において、どのような会場設計がもっともストーリーを訴えることができるのか、その検証の細部に至るまで、井上は専門のスタッフとともに意見を交わし一つひとつを自らのアイデアで作り上げてきました。その空間に、通常であれば原画を縮小しさらに印刷を施して作品となるはずのマンガを、一切手を加えることなくそのままの状態で展示することができる。このことは、井上にこれまで得たことのない作画の自由をもたらしました。主に和紙をキャンバスとして筆の筆致をあますことなく活かし、また一つのコマを破格の大きさのパネルに仕立てるなど、この空間は井上の作画への意欲と探究心に満ちたものとなっています。
「空間」で繰り広げられる、この時この場限りのマンガ作品。この“最初で最後”となるだろう試みは、マンガファンのみならず、幅広い層を魅了する貴重な展示会となることでしょう。