1792年に開館し、ヨーロッパ最古級の美術館のひとつに数えられるスウェーデン国立美術館は、王室の収集品を礎に、美術、工芸、デザインなど幅広い分野の作品を収蔵しています。 そのなかでも、質・量ともに世界屈指とされる「素描」の名品を紹介する展覧会が、国立西洋美術館[東京・上野公園]ではじまりました。
会場では、4章構成でイタリア、フランス、ドイツ、ネーデルラントの作家たちの作品を紹介していきます。
![国立西洋美術館[東京・上野公園]「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」 撮影:6月30日](https://www.museum.or.jp/storage/article_objects/2025/07/02/c44b2b31631d_l.jpg)
国立西洋美術館[東京・上野公園]「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」 撮影:6月30日
第1章は、ルネサンス、マニエリスム、バロック時代において美術の中心地だった「イタリア」。15世紀、ルネサンス期のイタリアでは紙の普及により素描の数が飛躍的に増加します。さらに、より複雑で高度な表現が求められるようになり、制作過程において入念なイメージの検討が行われるようになりました。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」展示風景、国立西洋美術館 2025年 第1章「イタリア」
バロック美術の先駆的な画家、フェデリコ・バロッチはチョークを使用し、繊細な色味と明暗を巧みに使い分けました。《後ろから見た男性の頭部》は、現在ルーヴル美術館に所蔵される油彩《キリストの割礼》のための頭部習作で、大胆で素早い筆致が臨場感をもたらしています。

フェデリコ・バロッチ《後ろから見た男性の頭部》スウェーデン国立美術館蔵
第2章「フランス」では宮廷で活躍した画家の舞台衣装デザインから、パリ画壇を率いたフランス・バロックを代表する画家たちを紹介していきます。
16世紀末から17世紀初頭に現在のフランス北東部に位置するロレーヌ公国で頭角を現したのはジャック・ベランジュやジャック・カロです。 ベランジュは宮廷の祝祭の構想・演出に携わり、舞台衣装のデザインを多く手掛けました。
空想もまじえて描き出された《女庭師》は、淡い青の水彩が陰影をやさしく際立たせ、繊細で静謐な印象を与えます。左手の作品は、女庭師を様々なポーズで描いた版画の準備素描として制作されたものです。

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」展示風景、国立西洋美術館、2025年 第2章「フランス」
展覧会のキービジュアルとなっている《テッシン邸大広間の天井のためのデザイン》は、スウェーデン国王付きの建築家が自邸のために制作させた天井装飾のデザインです。
作者のルネ・ショヴォーはフランス出身の彫刻家で、ストックホルムに赴いた後 、王宮の漆喰などによるレリーフ、彫像から墓碑彫刻にも名を残しています。

ルネ・ショヴォー《テッシン邸大広間の天井のためのデザイン》スウェーデン国立美術館蔵
第3章では16世紀を中心にオーストリアやスイスなど「ドイツ」語圏で活躍した作家を取り上げます。
特に注目すべきは、アルブレヒト・デューラーによる若い女性の肖像です。モニュメンタルでありながら写実的にモデルを描き出した素描は、メトロポリタン美術館の油彩《聖母子と聖アンナ》にみられるマリアの頭部の表現に転用されたと推察されています。簡潔ながら細微な線の集積で表現された女性の顔の凹凸や肌の質感。その一方で髪や眉、衣服は太く濃い線の束で描き出され、異なる密度と鮮明さを感じ取ることができます。

(中央)アルブレヒト・デューラー《三編みの若い女性の肖像》1515年 スウェーデン国立美術館蔵
第4章は現在のベルギー、オランダに該当する「ネーデルラント」。15世紀初頭は急速に油彩技法が発展しますが、紙の普及が遅れたため16世紀初頭以降の素描の現存例は限られています。 一方で、聖書の物語や風俗、風景、動物など、主題の幅の広がりも感じられます。
複数の色のチョークと水彩により仕上げられた自画像は、ヘンドリク・ホルツィウスによるもの。生涯に大量の素描を手掛けたことでも知られているホルツィウスは当時のネーデルラントではさほど普及していなかったチョークによる肖像素描を多く残しています。

(手前)ヘンドリク・ホルツィウス《自画像》1590-91年頃 スウェーデン国立美術館蔵
肖像素描で高い評価を得たコルネリス・フィッセルは、生涯に200点近くの版画と大量の素描を残しています。主題には、人物のほかに動物や風景、寓意なども取り上げています。
写生に基づいて描かれたと考えられる眠っている犬。警戒心を解いた姿から、飼い犬であることが想像できます。全体的には軽いタッチで描きながらも、黒と赤のチョークを用いて平行線や斜線を重ねることで柔らかな毛並みが細部まで表現されています。

コルネリス・フィッセル《眠る犬》スウェーデン国立美術館蔵
展覧会特設ショップでは、会場に展示されていた作品をモチーフにした様々なグッズを販売しています。コルネリス・フィッセル《眠る犬》をモチーフにしたぬいぐるみキーホルダーや枕カバー、アブラハム・ブルーマートル《牛の習作》にちなんだ「『牛の習作』ビーフカレー」など、作品鑑賞の余韻とともに遊び心あふれるアイテムが揃っています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫、坂入 美彩子 / 2025年6月30日 ]