エコール・ド・パリを代表する画家、藤田嗣治(レオナール・フジタ:1949-1968)。パリから日本、そしてまたパリへと、ドラマチックな画業を歩み、絶大な人気を誇りますが、その作品を集中的に集めていたコレクターが日本にいることは、あまり知られていないと思います。
藤田嗣治の作品だけを展示する個人美術館が軽井沢に誕生し、10月8日(土)(13時オープン)から、一般公開が始まりました。

軽井沢安東美術館
藤田嗣治の作品を蒐集したのは、安東泰志・恵夫妻です。
安東泰志氏は銀行や投資ファンドで多くの企業再生に携わり、ビジネスの世界で多忙な日々を過ごす一方で、軽井沢のギャラリーで偶然見かけた藤田の版画作品に惹かれて、蒐集を開始。現在までに約180点を蒐集し、これまでは小金井と六本木の自宅で楽しんでいました。

美術館オーナーの安東泰志・恵夫妻
美術館を設計したのは、武富恭美氏(株式会社ディーディーティー一級建築士事務所代表)。「自宅のような空間にしたい」という安東夫妻の想いから、中庭を囲む建物です。
外壁は、夫妻が英国から取り寄せたハンドメイドのレンガ造りで、展示室ごとに異なる色の壁紙で彩られた、温かみのある空間も特徴的です。

左手に中庭を見ながら進み、突き当たりの左手から入場します。
入場ゲートから入ると、作品が安東邸に飾られていた時の模様が紹介されていますが、藤田の作品に囲まれた居室は、まさに圧巻。国内外の藤田の研究者も驚嘆するといいます。
これまで安東氏はビジネスで疲れた心身を藤田の作品で癒してきましたが、「より多くの人に見てもらいたい」という思いから、一般への公開を決意。自分が藤田に巡り合った軽井沢に、私設美術館を開設しました。

展示室は2階。階段を上がると正面にステンドグラス、左側が展示室入口です。
展示構成は、特別展示室も含めて「渡仏 ― スタイルの模索から乳白色の下地へ」「旅する画家 ― 中南米、日本、ニューヨーク」「ふたたびパリへ ― 信仰への道」「少女と猫の世界」「挿画本の世界」「藤田の手仕事」という流れです。
展示室は基本的に撮影禁止ですが、展示室5だけは例外。一般の来場者も含めて撮影が可能です。藤田の作品は著作権が厳しく、展覧会の報道目的でも、撮影に制限が入る事がしばしばあります。これだけ多くの藤田作品を撮影できる場所は、あまり聞いた事がありません。

通路の先が、撮影可能な「展示室5」
展示室5は「少女と猫の世界」。安東氏が初めて入手したのも猫が描かれた一枚の版画で、「少女」と「猫」の作品は、安東コレクションの中核といえます。
美術館のコンセプトでもある「安東邸を再現」した展示空間とするため、ソファやシャンデリアを設置。キャプションや解説もあえて省き、リビングのような空間で作品をお楽しみいただけます。

展示室5「少女と猫の世界」

展示室5「少女と猫の世界」

展示室5「少女と猫の世界」
ミュージアムショップは、美術館に入ってすぐと、展示室を出た場所の2カ所にあります。
フランスの藤田財団の協力により、ステーショナリーから京都・たち吉とコラボレーションしたオリジナル陶器まで、オリジナルグッズも多数用意されています。

ミュージアムショップ
美術館の1階には「サロン・ル・ダミエ(フランス語で市松模様の意)」も設けられました
。通常はワーケーションのスペースとして使用できるほか(有料)、ステージには1899年製のニューヨーク・スタインウェイのヴィンテージピアノもあり、定期的なミュージアムコンサートも開催される予定です。

「サロン・ル・ダミエ」
同じく1階には、コーヒー器具メーカーの「HARIO」による直営のカフェもオープン。
HARIOがミュージアムにカフェを設けるのは泉屋博古館・東京に次いで2館目で、HARIOの器具で淹れたスペシャリティコーヒーや紅茶を楽しめます。
また、美術館限定デザインを含むHARIO Lampwork Factory のガラスアクセサリーも購入できます。

「HARIO CAFE」
まだ評価が定まっていない作家ならまだしも、数々の作品が公立美術館にも所蔵され、高い人気を誇る藤田嗣治。コレクターの情熱だけでここまでのコレクションに育つとは、驚き以外の何物でもありません。藤田に包まれる夢のような空間は、ここでしか味わえません。
軽井沢駅から徒歩8分と、立地も抜群です。多くの美術館がある軽井沢エリアに、また新しい名所が誕生しました。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年10月1日 ]