これは、一人の青年が、白と黒、光明と陰翳のみで織り成した昭和の風景の展覧会です。
清川泰次(1919-2000)は、17歳の時に慶應義塾大学予科に進学、同大写真部に所属します。当時まだ高価だったカメラですが、この青年は何の気負いもなく、自らの日常をモノクローム・フィルムに遺してきました。白と黒だけでこの世界を焼き付ける術に直ぐに通じていった清川は、次第に“影”や“光”といった写真の根源的な要素へ、その関心を向けていきます。自らの影、事物の陰、屋内を覆う闇。木立から零れる光、しかしそれ以上に、地面にありありと描かれた陰影。ここでは、世の中が見たままにではなく、より研ぎ澄まされたものとして呈示されています。清川は、その初々しい純真たる好奇の眼差しで、こうした、見えているのはずなのに見ていないもの、見えないはずなのに見えるものを軽やかに留めていったのです。
白黒写真は、天然色のそれには決してない凛々しさと力強さを備えています。この世の全てを単調のみで描き出すこの視覚的な変容は、取るに足らない日常すら研ぎ澄まし、事物の関係性を瞭然と浮かび上がらせ、その被写体は我々の目へ切迫してくるのです。世界がまだこの二元論でしか留められなかった時代には、今日では失われてしまった、純然たる美が確かに存在していたのでしょう。そしてそれは、この青年の写真にも、確かに収められていました。
このたび、ご遺族のご協力により、清川泰次が十代後半に撮影したモノクローム・フィルムが発見されました。1000点以上にも及ぶこの膨大な白黒写真の数々は、その当時を振り返るに格好の資料である一方で、青年ならではのウィットに溢れ、何より清川の美意識やその視線の在り方を窺わせ、これらはその後の抽象画に通じていくものと言えるでしょう。そこで今回は、その中から特に“光”と“影”をテーマに選出した写真約80点を展示致します。同時に、1970年代に清川が描いた油彩画も展示し、それらに通じる感性を考察します。これら両者には、清川個人のみならず、この国に特有の美意識が相通じているはずです。底知れぬ闇と煌めく光の狭間に立ち現れる日本美を、こうした清川泰次の視線を通してご堪能頂ければ幸いです。