ラウル・デュフィ展 絵画とテキスタイル・デザイン

「モードの帝王」も魅了したデザイン

19世紀末から20世紀にかけて活躍したフランスの画家、ラウル・デュフィ(1877-1953)。明るく透明感のある絵画のほか、テキスタイルのデザインでも卓越した手腕を発揮しました。デュフィのふたつの仕事を紹介する展覧会が、パナソニック汐留美術館で開催中です。

  • 第3章「花々と昆虫」
  • 第1章「絵画 生きる喜び 陽光、海、そして音楽」 (左から)ラウル・デュフィ《ヴェルサイユ宮殿風景》1930-35年 / ラウル・デュフィ《ニースの窓辺》1928年 島根県立美術館
  • 第2章「モードとの出会い」
  • 第2章「モードとの出会い」
  • 第2章「モードとの出会い」
  • 第3章「花々と昆虫」
  • 第3章「花々と昆虫」
  • (左手前) ラウル・デュフィ《花束》1951年 宇都宮美術館
  • 第4章「モダニティ」

画家としては野獣派(フォーヴィスム)に位置付けられることもあるデュフィ。展覧会も冒頭は、画家・デュフィの作品を紹介していきます。

デュフィはフランス北方、ノルマンディー地方のル・アーヴル生まれ。海岸都市に生まれたためか、デュフィは海をテーマにした絵画を数多く手がけています。

美術学校時代には、ルーヴル美術館よりも印象派を展示している画廊を好んで訪問。新しい時代の風を読みながら、キャリアを重ねていきました。

海の作品と同様にデュフィの絵画で良く知られるのが、音楽をテーマにした作品です。自身も音楽を好み、コンサートや楽器(特にヴァイオリン)などをモチーフに、軽やかな作品を描いています。



駆け出しの画家だったデュフィを、テキスタイル・デザインの分野に導いたのが、「モードの帝王」ことポール・ポワレです。ポワレは1906年にコルセットを使わないドレスを発表。ファッション界の革命として、大きな注目を集めていました。

1910年、デュフィは詩人ギョーム・アポリネールによる『動物詩集またはオルフェウスの行列』の挿絵を担当。これがポール・ポワレの目にとまります。

ポワレは、粗野ながらドラマチックなデュフィの表現を高く評価。最初はレターヘッドの装飾版画を依頼し、1911年にはデュフィのために工房を設立。共同で布地の開発に乗り出します。

デュフィのテキスタイルで作ったポワレのドレスは評判となり、デュフィ自身の評価も急上昇。1912年、引き抜かれる形で、リヨンの絹織物製造業ビアンキーニ=フェリエ社に移籍しました(ただ、ポワレにも承諾を得ています)。

その後、デュフィは1928年まで同社の専属デザイナーとして活動。人気の柄は何種類も色違いが作られ、服地だけでなくカーテンや家具にも使われています。

数多くのデザインを手掛けたデュフィですが、特に花や蝶など身近な自然を取り入れたデザインは大ヒット。ダンスホールやスポーツなどの都市生活も題材にしたほか、幾何学模様も優れたデザインに仕上げました。

会場には、100年以上前のテキスタイル・デザインとは思えない布地でつくられたモダンなドレスも展示されています。

テキスタイルデザインと絵画の双方を手掛ける事は、創作にも良い影響を与えています。例えばデュフィの絵画は、輪郭線と色面のずれが特徴のひとつですが、この傾向はテキスタイルが先と言われています。デザインの成功が絵画に活かされたのです。

なお、引き抜かれた後も、デュフィとポワレの交流は続きました。1925年の現代産業装飾芸術国際博覧会(通称:アール・デコ博)に、ポワレはデュフィの布地で仕立てたイブニングドレスを披露。デュフィもポワレのために制作した壁布14枚を展示しています。

ファッショナブルな会場は、いかにも女子が好きそうですが、男性の来場者も多いとの事。会場最後には、デュフィのテキスタイルを用いた舞台衣装(再制作)の撮影スポットもあります。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2019年10月16日 ]

ラウル・デュフィ 絵画とテキスタイルラウル・デュフィ 絵画とテキスタイル

パナソニック汐留美術館 (監修), 松本市美術館 (監修)

青幻舎
¥ 2,500

 

ミュージアムの詳細

展覧会の詳細

会期

2019年10月5日(土)~12月15日(日)