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越境者たち-BEYOND THE BORDERS

「諏訪直樹 没後30年 連鎖企画」も

1987年に開館した目黒区美術館。近代から現代にいたる日本の美術の流れを体系的に理解できるようなコレクションを目指し、収集活動を進めてきました。今年のコレクション展では「境界を越え」て活躍した画家の作品が展示されています。

  • 諏訪直樹《無限連鎖する絵画 Part2 No.14~30》1989年
  • 川村清雄《梅に雀》1920~34年頃
  • 星野眞吾《喪中の作品(碧)》1965年
  • (左から)三上誠《作品》1964年頃 / 三上誠《無題》1968年頃
  • 下村良之助《鳥たちの壁A》1964年
  • (左から)不動茂弥《庚神》1966年 / 不動茂弥《落ちる文字》1967年
  • (左から)木村嘉子《作品M》1963年 / 木村嘉子《作品Y》1963年 / 木村嘉子《作品L》1963年
  • (左から)野村耕《集》1964年 / 野村耕《パグ》1964年
  • (左から)山下新太郎《峯子像》1942年 / 山下新太郎《峯子像》1942年

例年この時期に開催されている「目黒区美術館コレクション展」。今回は2章構成で、館蔵品を紹介していきます。

まず第1章は「諏訪直樹 vs 川村清雄」。かたや日本美術にインスパイアされた現代美術家、もう一人は明治の開国期から活躍した洋画家。活動時期は全く異なりますが、それぞれが境界を超えて活動しました。

諏訪直樹(1954-1990)は、三重県四日市市生まれ。1977年にBゼミ Schooling Systemを修了し、個展でデビュー。額縁の枠から飛び出して続いていく《無限連鎖する絵画 Part2 No.14~30》は、まさに境を超えた表現です。

近年、再評価が進む1980年代の美術においても、諏訪は中心的な作家のひとりとされますが、不幸にも水難事故のため若くして死去。昨年から来年にかけて「諏訪直樹 没後30年 連鎖企画」として、宇都宮美術館、三重県立美術館、千葉市美術館でも諏訪の特集展示が開催されます。



川村清雄(1852-1934)は幕末に旗本の家に生まれ、明治4年に渡米(後に欧州へ)。西洋由来の油彩をいち早く日本に持ち込み、日本における絵画表現において、新たな時代を切り拓きました。

扁額をイメージさせる横長だったり、床の間に相応しい縦長だったりと、日本の暮らしに相応しい洋画を目指した川村。この後、日本における洋画は、黒田清輝の一派が主流になるため、川村の系譜が大きく育つ事はありませんでしたが、その創造性は光ります。

第2章は「パンリアルの挑戦」。パンリアル美術協会は、京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)日本画科の卒業生が中心になって、1949年に結成されたグループ。関東での知名度はあまり高くないかもしれませんが、伝統的な京画壇の中心地から飛び出した先鋭集団です。

戦争の惨禍を経て、社会は新しい時代へ。メンバーは、膠など伝統的な画材を用いながらも新しい表現を志向して「膠彩(こうさい)表現」を標榜。後に、より先鋭的な創作に発展していきます。

星野眞吾(1923-1997)は、パンリアル美術協会の中心的な人物です。父の死を機に、存在としての肉体に対する思いを強め、紙に自らの身体を写す「人拓」で作品を制作しました。

独特の質感を持つ《鳥たちの壁A》は、下村良之助(1923-1998)の作品。紙粘土を画面に盛り上げてレリーフ状にし、化石のような表情をつくっています。下村は舞台美術、陶器、挿絵など、多方面で活躍しました。

1・2章あわせて8名の作家、それぞれアプローチは異なりますが、従来の表現の枠を突破しようとする想いは強く響いてきます。

会場では同時に「山下新太郎のファミリーポートレート」も開催中。山下新太郎(1881-1966)は明治から戦後まで活躍した洋画家。フランスに留学してルノワールに傾倒、二科会や一水会の設立にも尽力しました。

山下の三女である渡邊峯子氏から寄贈を受けた作品。生まれたばかりから嫁いだ後まで描かれた峯子氏の肖像からは、山下の深い愛情を感じます。

美術館では峯子氏へのインタビューから作品解説を作成。お手持ちのスマートフォンで、音声ガイドもお楽しみいただけます(イヤホンなどをご利用下さい)。

[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年2月18日 ]


 

ミュージアムの詳細

展覧会の詳細

会期

2020年2月15日(土)~3月22日(日)